呑んでも企画: 2008年9月アーカイブ

2008.0921chankowaka.jpg■ちゃんこダイニング若

昨日は、ヤボ用でおもしろい経営者の仲間と、茨城は、取手のほうに行っていたのですが、帰りがたいへん。

ものすごい渋滞で渋谷に帰り着いたのが、2000にもなってしまいました。とはいえ、1800過ぎに、渋谷で……と、会う予定の人に2000まで待ってもらって、食事へ。

ちょくちょく行っている、ラーメン「むつみ屋」で有名なハートランドグループ(竹麓輔社長)のやってる「老湯火鍋房」には、よく出かけるのですが、その真向かいに元横綱若乃花のやってる「ちゃんこダイニング若」の渋谷店があり、いつも気になっているので、はじめて入ってみました。

「ちゃんこダイニング若」は、韓国店も含めると全国30店舗にもなっており、有名なのは、六本木店ですが、六本木の店と比べると、ずいぶんこじんまりな感じ。

「丸ごとコラーゲン鍋」ってのにそそられて、ちょっと頼んでみると、売り切れらしい。なるほど、これは女性に大人気なんだろうな……なんて思いながら、頼んだのは、もっとも基本の「塩鍋」。鳥と豚だったのですが、出汁は鶏がらベースでちょっとオイリッシュ。ようは鳥の脂がでてる。

これはちょっと難しい味だな……なんて思いながら頂戴してましたが、鳥鍋といえば、いろは、永野など、博多の「水炊き」が有名。渋谷でも私の事務所から3分ほどのところの246(青山通り)をちょっと入った裏通りにある水炊き専門店「酒井」があります。

この水炊きは徹底的に炊き込んで、黄色く浮かぶ鳥の脂を徹底的にとって白濁した出汁にしているんですね。しかしちゃんこダイニング若では、鳥の脂が多少残っているのか意図的に使っているのかイマイチ理解に苦しむ味でしたね。もっとも、悪くはありませんが…

ふーむ…水炊きは、とても時間的に挑戦はむずかしいのですが、このちゃんこダイニング若の味より、美味しい鳥ベースの鍋に挑戦したくなりましたね。

どんな工夫をするかは、そのうちに……

料理は企画、レシピは企画書ですからね。

 

 

 

 

kanidouraku02.jpgカブトガニは蟹じゃないですが、なぜか「株とカニ」

昨日(17日/水)のニューヨーク株式市場は、火曜日に反騰したものの再び大きく反落。リーマンにはあっけなく公的資金を断られたものの、FRBは、さすがに一般への影響を危惧した結果、AIGには公的資金が導入されましたが、しかし金融不安は、ぬぐえない状況でしょうね。

ところで……

おまえ、なに考えてんの…って思われるでしょうが

株と蟹のお話。

2週間ほど前に「かに道楽」に行ったのですが、談笑しながら、カニを最初に食べた人はエラいよな……なんて思ってたのですが、万葉集にもカニを食べる話が出ているようですから、日本人はよほど昔からカニを食べているらしいですね。

よくよく見ると、とんでもない、かなり恐ろしい風体をしてますから、最初に食べた人間は、よほど飢えてたのか好奇心が旺盛だったのか…ウニやナマコにも同じ印象がありますが、最初に食べた人に感謝しきりです。こんな美味しいものを、よくぞ挑戦して美味しい食べ方を子々孫々に伝えてくれたものだとね。感謝感激です。

で、この蟹、ご存知のように、横に歩くわけですね。

 

kanidouraku01.jpg横に歩く蟹の視界には、いったい何が見えるのでしょうか?

というわけで、いま株の世界やより大きくは世界経済は、それこそ大騒ぎしてますが、そんなの関係ない(小島ヨシピー風には、関係ねぇ…ですか)って雰囲気で、蟹の視線で見てみましょう。

メディアの情報を適当につまみ食いしながら、実態はどう動くか、またそれをうまく乗り切るためにはどうするのか、大企業は?…中小企業は?…パパママショップは?…ひとりの個人は?

って考えてみると面白いですね。

 

kanidouraku03.jpg世界同時不況が、世界中が不況感に漂っても、楽しく見えてきますよ。蟹のような美味な感じがしてきますから、楽しい。

前後に歩くことはないでしょうし、ビビッて萎縮して止まる必要もないでしょう。横に動いてみようと思いますね。

■このところスケジュールがムチャ。要調整(/--)/

このところの9月のスケジュールがむちゃくちゃです。まあ8月が比較的のんびり目だったのかもしれませんが、今日も朝0400からドタバタ仕事しています。

1100からは来客対応で、次いでランチで会食、ちょっとその後もテーマを変えて3つの課題。1400から1時間、セミナーで講演すると、書斎にもどって、先ほどまで原稿を書く。

ちょっと、気分転換のブログアップしているのですが、この原稿、明日が締め切りなのに、このあと1800から、歌舞伎の観劇が予定。まずいスケジュールを入れたものですが、これも前に決まっているので、キャンセルはできない。明日早朝から原稿の最終にとりかかって、午前までに済まさないことには、午前は品川に出かけて面談、さらに午後は月例会がある。

なんかちょっと太ってきましたね。

生活のリズムが狂うと、人は太りますからね。

なぜかって?

この話は、またそのうちに……とにかくこの1ヶ月くらいは、株とカニですかね。

 
 

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■再び、30年前にタイムスリップのお話

さて、9月12日にアップしたブログ記事に、30年前の呑み屋さんの話をしてて、そこで原稿を書いていた話をしてましたね。

というわけで、そのシーンを出版社の編集者の方が撮影してくれてた古~い写真があったので、ちょっとアップします。

9月12日にアップした『三裕の館』という店のコーナーですが、このテーブル、いまもお店にありますね。30年以上同じテーブルですね。まあ内装は一度か二度くらい塗り替えたくらいでしょうね。

撮影期日はわからないのですが、たぶんこの写真は

『高橋憲行・企画の現場』(実務教育出版)を出版するにあたって使う写真を撮影した際のものでしょう。カラーで撮影していないのはモノクロ写真で出版の原稿にそのまま使えることを考えてのことですね。

当時は、フォトショップに取り込んでトーンをデジタルにコントロールするなんてできないアナログ時代ですから、モノクロです。

そうそう、時期の話をしてましたが、その本の出版が1987年9月ですから、おそらく87年の6,7月くらいに撮影したものでしょう。

この店に通って10年くらいのころ……なんでしょうね。

それにしても私が自分自身に思うのは、

なんと髪の毛がフサフサある!

 

takahashi.miyu02.jpgまあしょうがないですね。もう今は風前の灯って感じですからね。

ビフォー、アフターは、「リフォームの匠」くらいにしておきたいですね。あまりこういう証拠写真を上げると、あとでどんな口コミが広がるかわからないのも、おっかない。

ま、ともかくこの店で、写真にあるように、ラインプリンタで出力した原稿を持ち込んで、これに赤を入れているわけですね。

原稿の最初は、下の写真にあるように情報を集めて構想をつくった段階であとはテレコに吹き込む。平成生まれの人には、テレコではわからないでしょうね。テープレコーダーの略で、まあいまではデジタルレコーダーですが。

で、このテレコにむかってレコーディングする。

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いまでは、普通にノートPCなどが便利になりましたが、当時は、PCにワープロソフトで文書処理をしていたわけですね。スタンドアロンの、いまの機能の千分の1くらいしか能力のないPCです。

ですから、当時、入力は自分ではしないで、スタッフにお願いしてました。当時は入力・漢字変換がけっこうたいへんで、これは時間生産性を考えてのことですね。

写真の女性の方がてきぱきとやってくれてたわけです。で、プリンタから出した原稿を持っては、夕方からは食事をしながら、赤、呑みながら赤を入れる毎日でした。

 

rds01.jpgで、この繰り返しを毎日やって最終原稿に仕上げていたわけです。

84年に出した本が、空前のベストセラーになって、その余波で80年代後半は、出版依頼が次々来る。そsて出版するとベストセラーになる。なにを書いても売れるという状況で、非常にありがたい時代でした。

この場をかりて読者の方に感謝したいと思います。

ほんとに、あんな時代はそうないですね。

昼間はクライアント対応があるので、著作は早朝と夜にシフトしてやってた。で、結果的に呑みながら著作を作ってたわけです。

さすがに今は、そんな体力はありませんが、まあ習慣になってしまい、似たようなことをしてますね。

 

 

 

 

 

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■30年にタイムスリップができる場所

昨日は、新大阪のホテルで0500ごろに起きては原稿に向かいながら、朝食時間0700になると最上階で大阪の光景をみながら朝食。

0830にはホテルを出て、京都に向かい、とある大企業のホテル並みに整備された研修所に入って0950から研修スタート。

人事・研修制度もしっかりしており、かつ研修生は優秀という、レベルが高いので、非常にやりやすいのがこの会社です。

私がサポートする必要があるのかな……なんて思ってしまうのですがね。

夕刻になって、定宿の新大阪のホテルにもどり、知人とでかけたのが、この「和風もつ料理・あらた」

この店は、私が新大阪に事務所をもったのは33年くらい前ですが、その翌年くらいにオープン。

以来、このお店は、まったく変わることなく開店前からこんな調子。そうそう変わったのは、値段が上がったことくらい。そりゃ30年のうちには、あがりますよね。それと店主の新井さんが、ちょっと歳をとったことかな。

ま、私も歳をとりましたが…

誰に聞いても大阪の景気は最悪というのですが、この店は例外で、超好景気を30年続けてます。とにかく超満員です。

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■30年前は、新大阪にいました

そうそう、たいがいの方々は、私は長く渋谷に巣食っていると思う人が多いようですが、もともと関西にいました。最初は、フリー(ま、フリーターですね…)の南の端で自宅でやってたのですが、最初の事務所が新大阪から御堂筋線を大阪方面にひと駅南下した「西中島南方(にしなかじまみなみかた)」のマンションの1室。

東京の仕事を獲得することも含めてのポジションとして新大阪駅まで歩いていける距離で開業したわけです。

で、当時、西中島かいわいには夜のめる店がない。

ほとんど唯一という感じだったのが、この「三裕の館」という店。

この店で私は1800過ぎになると、夜な夜な酒を呑みながら原稿と格闘していました。昼間はクライアントの仕事をして、夜は呑みながら原稿を書くか、PCから打ち出した(当時はラインプリンタですね、まだ…)原稿に赤をいれ、朝には、スタッフのデスクに膨大な赤入れした原稿をおくというのが、ごく日常的なパターンでした。

原稿は、自治体の報告書の原稿(これが膨大)、企業の報告書や企画書、あとになって出版物の原稿ですね。

 

2008.0911miyu02.jpgそうそう、昨日、今日と研修のお手伝いをしている大企業は、そのころからのお付き合い。30年以上になりますが、当時はその企業の膨大な会議資料を処理するという文書処理もしてましたね。とんでもない作業でしたが、これが今日の私の原点かもしれませんね。

■この店で何冊の本を書いたのだろうか…?

この店にはそんな意味で、そうとうにお世話になりましたね。

ベストセラーになった「時代の構造が見える企画書」「戦略発想時代の企画力」あたりは、この店で書いたものですね。

私の初期の書籍で10冊くらいまでは、ほとんどここで書いていたのかもしれませんね。

これがまた内装が当時のまま。30年変わってないという店もめずらしいですね。まさにタイムスリップできますよ。

 

2008.0911miyu03.jpgなんか原稿もってると、チェックしてしまいそうです。

で、1800すぎから、2200以降、2400くらいまで呑んでますから、ウィスキーをひとりで1本、まるまる呑んでしまうこともしばしばあり、そんな生活を長らくやってたような気がします。

いったいこの店で何百本、いや何千本呑んだのか……って考えると恐ろしくもなりますが……

で、仕事がたてこむと事務所に常備しているシュラフ(寝袋)で、よく寝てましたね。

いやはやなつかしい。

昨夜は、当時を知っている人にもあったりして、さらにびっくりです。

そういえば、出版社の編集者の人が、この店で原稿修正している状況を出版物のなかに入れるために、写真をいろいろとってたのが、残ってたような気がしますね。

マシなのがあったら紹介しますか。

30年前にタイムスリップした夜でした。

 

 

 

 
 

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このブログ記事、私のミスかPHS接続不良で、しばらく中途な本文で終わっていましたが、その間、ご覧になった方にはたいへん失礼しました。

■昨日(9月10日)から関西出張

昨日は0500ごろに起床して、一昨日の残務をして出張準備をするかたわら、ブログアップしているうちに

0630出発の時間。

書斎を出て渋谷駅に行き、品川へ……

品川0717?発ののぞみに乗って、まずは名古屋へ。

新横浜でスタッフが乗ってきて、ちょっと朝食……で幕の内弁当を食べながら、打合せ。打合せをして少ししていると、もう名古屋。

 

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お客様への訪問時間は1000だから、名古屋0900ごろは、エラく早い到着。ちょっとコーヒーを飲んでからとマクドナルドに入る。で、メール他の点検をしながらスタッフと雑談。

0940ごろ名古屋駅からタクシーでお客様の会社へ。

ひととおり商談を終えて失礼し、再び名古屋駅へ向かう。新幹線口でスタッフと別れ、1100ごろ発ののぞみに乗って京都へ。車中は読書。

ちょっと時間のゆとりがあるので、荷物はホテルへ放り込むことにし、京都をパスして新大阪へ。特急料金は変わらないから問題なし。

で、新大阪のホテル(写真上はホテルから新大阪駅を見たところです)には1200過ぎに到着し、早めのチェックインをすることを頼み、ランチタイム。もっとも早食いのためにランチタイムはもっぱらメールと読書に。

■京都すばる高校へ

1300前にはホテルの部屋に入り、多少の身だしなみをととのえて、荷物を軽くして、というより読書中の書を1冊持って、新大阪から新快速にのって京都へ。

そして京都から近鉄に乗り換えて向島(むかいじま)へ。1535着。

姫路の小野さんと合流し、すばる高校へむかう。

ここは昔、おぐら池という沼地で干拓して田園になったエリアで、ひろびろとした田園光景。そのなかを京都すばる高校に向かうことに。

 

nishougogou01.jpgそれにしても暑い!

これって、まだ残暑じゃないですね。真夏そのもの。

暑さ寒さも彼岸までといいますから、あと10日ほどの辛抱でしょうか。

すばる高校に行くと暑さがふっとびます。

高校生たちが、10月開催の販売学習イベント「ピアすばるデパート」の開催準備中。その最終準備報告を聞き、アドバイスをするというのが私の仕事。

ポスターやチラシなどが完成しており、評価と改善点。

それに、このすばる高校の高校生は、CTPTマーケティングが理解できるので、そうした視点からのアドバイス。あっという間に1時間の課題授業は終わり、再び向島駅へ。そして京都駅へ。

 

nishougogou02.jpgちょっと喉も渇いたことなので、京都駅裏の「二升五合」へ。以前、紹介した呑み屋さんで、ネーミングは「升升半升(ますますはんじょう」ってわけですね。

ここは、新宿ガード下風であり、大阪の京橋や鶴橋界隈ふうのところで、けっこう気にいってますが、昨夜の老湯火鍋房とはまったく違って、まあ女性客やいません。オッサンだけ。

で、オッサンの私と、小野さん(「オッサン」は小野さんにはかかりませんので悪しからず)とふたりで、この二升五合に入り、1800前には、暑気払い。

ネギ焼きとかチジミとかをつまみながら、小野さんとすばらしい高校生の話や、CTPT談義をしてました。

で、1930ごろには店を出て、京都駅から新大阪へ。ここで小野さんと別れて私はホテルへ。

2100過ぎでしたが、読書をしながらいつの間にやら爆睡。

なにやらあわただしい1日でしたが、充実した日でもありました。

 

 

 

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■老湯火鍋房で会食

昨日は朝、0500に起床して、雑務をいろいろ。0830には事務所近く、宮益坂を下ったところにあるプロントへ出かけてスタッフとコーヒーブレイク兼、打合せ。

0900過ぎには、タクシーで信濃町まで行き、そこから総武線に乗り換えて秋葉原へ。

0935には秋葉原のUDXビルのなかに入って、とある大企業・日本を代表する企業の営業部門のセミナー準備。0950セミナー開始で、カウンセリング形式の内容で各人次々とすすめるものの、人数が多かったため、時間オーバーして1700終了予定が、1730になる。

その後、セミナー間もメールや電話が入っており、アキバの街を歩きながらメールや電話の処理。

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ちょうど初期故障でデジカメ修理に出していたものを受け取り、秋葉原駅から渋谷方面へ…

夕方来客あり、渋谷の書斎で鍋でもてなそう!

と、思っていたものの、ちょっと時間がショート気味。これは予定変更…とスタッフに電話して、渋谷のマークシティで待ち合わせて「老湯火鍋房」に変更。

そうそう、明日の出張の件も……と、別のスタッフに連絡して調整、明日は新横で合流して名古屋へ行くことに。

さて、お客様とスタッフ合流して3人で予約なしで老湯火鍋房へ。

ヤバイ!

満席……ダメじゃん。そのへんの一杯呑み屋に変更するか……なんて思ったところで、なんと先日、書斎に来てくれてホームパーティしてたオーナーの竹社長がいる!

「やあやあ、先日は……」

とまあ握手を交わしたせいか、テーブルが1席あいて着席。

で、ラム肉や豚肉、それから野菜……と次々と注文。写真のふたつに分かれた下味の違う鍋に入れて楽しみました。

ひさびさの情報交換……だったような気がするが、どうも呑むのと食べるのに一生懸命になってしまったような……

まあ、仕方がありません。

この火鍋は、なかなかです。ずーっと次々と来店客があって、満席状態が続いていましたね。それに女性客が多いこと多いこと。

紹興酒もちょっとかなり頂いて、いい気分。帰宅して、明日の出張準備に……

その後、紹興酒の効き目もあって爆睡。

う~ん。どんな情報交換をしたのか、忘れたような……ま、近々もう一度。






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