日々実践・毎日が企画: 2010年2月アーカイブ

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■両国あたりにブラリと出かけ…ちゃんこを

22日(月)、23日(火)は、連続して大手メーカーのスタッフ向けのマーケティングのセミナーがあって、タイトなセミナーにもかかわらず、皆様なかなか熱心。

厳しい時代がひしひしと伝わってきます。

23日が終わったのが秋葉原で17時ごろ、秋葉原まで来たのですから、ちょっと両国あたりに行くことにしました。

両国といえば、相撲、相撲といえば「ちゃんこ」。

企画は三流とはいえ、鍋料理研究家としては一流を自負している私としては、やはり両国に行って「ちゃんこ鍋」を食べないと……

ここ両国には、30軒くらいのちゃんこ鍋屋さんがあるようです。なかでも大きい『霧島』に行くことに……ここ8階のビル全部が、ちゃんこビルですから、両国でのちゃんこ需要はたいしたものです。

東京で場所が開催されているときは、予約で満杯で入る隙もない状況になるらしいですね。両国の国技館がすぐそば、この「霧島」は両国駅の西口からすぐそば。

霧島は現役時代は大関まで上りつめた霧島さん。

 

 

2010.0223kirisima01.jpg横綱にはならなかったものの、両国のちゃんこ料理の店では、間違いなく横綱級。そうとうマーケティングができてる感じですよ。立地選定から料理から、なかなかのものです。

さて、ちゃんこ。

たいがい私は塩ちゃんこで、素材やその他を吟味するのですが、なぜかここでは味噌ちゃんこを頂戴してしまいましたね。

あちこち行ったちゃんこ料理のなかでも横綱クラスです。

渋谷の私の事務所付近にあるちゃんこ屋さんが2軒ありますが、申し訳ないが、こちらのほうがグー。

庶民的な感じで気楽な感じの店でした。

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■危険なオフィスの足元を!……

……お手製のケーブルラックで回避

オフィスの足元には、動力線、LANケーブル、電話のケーブルが、ごちゃごちゃになってる話を昨年してましたね。

そのブログを見てたある方が、テレビで断線の危険性の話があって、高橋さんのブログを再認識しましたが、あのあとどうされたのですか…?

……ってご質問をうけちゃいました。

で、私もビフォーの話はしてたもののアフターをブログアップしていないことに気付き、いまブログアップです。

実際、動力線は、ねじれや踏み付けなどが続き、ビニールカバーの中で50%以上が断線すると、発火の可能性があるといいます。

そりゃそうでしょう。流れるはずの電流が流れないと熱を持つ。さらには爆発的に切れるか、発熱による発火が起こる可能性はありますからね。日本全国で、毎年、この原因での火災も起こっているとか……

とにかくテキトーにやって、整理整頓を怠らないで、ついでに、ついでに……ってな感じでケーブルを繋いだりするととんでもないことになります。この上の写真は、動力線もLANも、新しいPCにつなぐために、「とりあえず…」「ちょっと急ぐので、ここに繋いで…」「ちょっと短かったので、ムリに引っ張ったら、なんとか入った…」……

というような事態がイメージされることが多々!こわいですねえ……

ほんとに、テレビで忠告されたようなことになったら大変です。2010.0223cableruck02.jpg

というわけで、例によって端切れ板によるケーブルラックをパーティションにセッティングして作ったのが、上の写真の2枚目です。

白い矢印のところには動力線のテーブルタップを置き、ケーブルは、ケーブルラックの中に収納してそれぞれのPCその他へ繋がるようにしました。

isshiki.b.a02.jpgほんとにガラクタの余りで作ったのですが、足元はすっきりしましたね。

左の写真のように、とりあえず足元には大半のケーブルがいかないようにしたわけですが、1ヶ月ほどたって再度足元を見ると、新人さんが入り、新しいPCを設定するたびに、再び、「ま、とりあえず」「ちょっと急いでいるので…」って雰囲気がありあり……

ちょっとあとで…、ま、いいか…、これを放置すと大問題に発展するのは、どこでも同じこと、いま米国で大問題になってきた、トヨタのプリウスのケースも、そうしたことがあってのことでしょうね。

私の会社にも、ヤマのように、そうしたことがあり、この芽をつまないと大変だ……というのが、このケーブルラック。

脚下照顧(きゃっかしょうこ)という熟語がありますが、まさにそのとおりですね。この意味はまた。

 

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■2月もまた、月例会ウィークです。

今週は、例によって月例会ウィークでした。

月例会だけに出張するのでなく、いつもその前後にいろいろ仕事を入れるので、1週間出っぱなしになってしまう週もしょっちゅうあるのですが、今回もそんな感じに……

15日(月)午前は東京の事務所にいたものの、午後は羽田へ行き、JALで広島入り

16日(火)は博多へ。午前、お客様のところへ行き、午後は月例会

17日(水)朝、新幹線にのって名古屋まで3時間、で午後は月例会

18日(木)は京都へ、月例会はなかったのですが……

20100216hakata.jpg新しく増販情報センターを開設希望されている方のところへご挨拶に、さらに別件も……

19日(金)は東京で月例会

という1週間で、20日(土)の今日は、来客が1件だけの、なんとゆったりちょした日。なんか今日はエリエスの土井さんが、弊社のセミナー会場でエリエス主宰のイベントをして頂いているみたいなので、彼は来るのでしょうか……

来てたらちょっと雑談でもしたいのですが……

ま、ともかくちょっとハードな1週間が終わりました。

 

20100217nagoya02.jpg15日(月)は、広島入りしてオフィシャルの江上社長と仕事がらみのお話が終わると、島根の会計事務所のS先生が広島で経営されている、じつに美味しい火鍋料理の店『煌(ファン)』へ。

江上さんと、そのスタッフ(後ろの2人は、お店のスタッフですが)とのスナップです。本来ならば写真をとるべきところ、食べるのに集中してしまって、火鍋の状況などがブログアップできないという失態をしてしまいました。それにしても美味しかったですね……

16日(火)は、JMMO&JMIC(増販情報センター)の九州月例会です。

20100219tokyojmmo.jpg広島から早朝、新幹線で博多に移動し、午前は福岡で新たにJMIC(増販情報センター)を開催していただける会計事務所への訪問をしてご懇談し、月例会場のある博多座の入っているビルまで移動。

で、月例会が済むと、懇親会!……会場のすぐ近くに、かの有名な水炊きのお店『いろは』があるので、そちらへ。これは以前にも紹介しましたね。もちろん絶品!

17日(水)は同様に中部(名古屋)月例会です。終わると、もちろん懇親会。なぜか博多で「モツ鍋」をパスして、名古屋で「モツ鍋」を食べることに……

18日(木)は、名古屋から新幹線で京都にもどることに……上記の理由で会社訪問したあと、京都すばる高校へ。企画科の学科長の貴島先生への取材にも行ってきました。これは、『増販増客実例集2010』へ特集的にすばる高校をとりあげる予定です。

夕方に新幹線で一路、東京へ……さすがにちょっとへばり気味。スタッフの安田と、社内懇親会を新幹線車中でしながらの長旅でした。帰宅すると、当然即刻爆睡!

とはいえ、19日(金)は東京月例会

2月は、会計事務所の皆さんは超ご多忙な時期なので、月例会は寂しいのが通例で、さらに懇親会どころか月例会にご出席いただいてもそのまま仕事に帰られるケースが多いのですが、東京月例会は、新しい会員様も増え、かなり盛り上がってました。もちろん懇親会も……

なんだか懇親会のお話ばかりに終始してしまいましたね。

 

 

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■雪また雪……そういえば酒田への道

今朝(2月13日/土曜日)の東京は雪が降っていましたね。2月2度目の雪ですが、2月1日から2日にかけて降った雪よりは、ちょっとささやかでしたが、しかし東京はこの冬一番の冷え込み……って感じですね。

雪を見ると、ふと私の田舎、山陰は鳥取を思い出しますが、さらに年末、山形から酒田への雪の光景を思い出しました。

これはそのときの写真です。仙台の阿部ご夫妻の車に乗せてっていただいて、さらにはアルケッチャーノにも行きました。

2009.1226sakata02.jpg世界にはばたくアルケッチャーノ

世界に羽ばたくアルケッチャーノ…第2弾!

山形から酒田へと向かう途中の山中を車で越えるときの光景ですが、まるで水墨画のようなモノトーンです。

■江戸の最高レベルの『ビジネス知性』を産んだ酒田

江戸時代の酒田は、日本海側の西回り航路の重要な拠点で、廻船問屋や米問屋を中心に豪商を輩出しています。『西の堺、東の酒田』といわれたといいますから、その繁栄のレベルがわかるでしょう。今日には、その面影は少なくなっていますが、やはり町のあちこちに昔の佇まいはあります。明治27(1894年), 年の庄内大地震での倒壊と消失、さらには昭和51年(1976年),の酒田の大火の際に、そうとう失われたようです。

 

2009.1226sakata.abumiya03.jpgその古い佇まいのひとつ、廻船問屋の『鐙屋』に行きました。

古い旧家がそのまま残っていて、なかなかいい雰囲気でした。じつは私の実家は、お寺(曹洞宗の禅寺)なもので、こうした造りの旧家を観ると、古い自分の育った家のイメージと変わらないものがあちこちにあるので、非常に懐かしさを感じてしまいます。

畳敷きの床、縁側、固めてある土間、透明なものの平滑ではなくて向こうがゆがんで見えるガラス戸(これがかえって風情がありますね…)……、どれも私の幼少期の原風景そのもの。

いやはや懐かしかったですね。

さて、さらにいくつかの旧家をみたのですが、中に入れなかったのが、最後の2枚の写真の『本間邸』

 

2009.1226sakata.abumiya04.jpg外側からしか撮影できなくて、ちょっと残念でしたが、また来てみたいところですね。

『本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に』といわれた本間家は、つまりは殿様よりも大きな存在だったことを意味しますが、現実に、本間家は、庄内藩の財政も任されていたことでも有名ですね。

庄内藩は、9代藩主・酒井忠徳(さかいただあり)の時代に、財政危機に陥るものの、本間光丘の登用で危機を乗り越えるなどしています。本間家、3代目当主の光丘は、天明の大飢饉(江戸中期の1782年~88年にかけて全国各地で冷害による不作と飢饉が発生)。庄内では1783年が厳しかったらしいが、その際、光丘は備蓄米を2万4千俵を放出し庄内では一人の餓死者を出さなかったというから、並の金持ちではなく、慈善家としても相当な人物だったようですね。

この光丘の叔父にあたるのが『相場の神様』『出羽の天狗』といわれる本間宗久(そうきゅう)。

米どころの酒田、そして大阪、江戸の米相場を動かし、テクニカル分析の先駆けとして天才的な『酒田五法』を考案、経済史にも名を残してますから、これはすごい。

ところで、一説に、株価の表現に使われるローソク足は、彼の発案という説もあるが、これはちょっと違うらしい。しかし彼の戦術の延長線上にあるのでしょうね。

 

 

2009.1226honma01.jpg当時の江戸、大阪は世界的にも非常に大きな経済都市として発展しており、先物取引所としての『米会所』があった。

その最初は、幕府公認の大阪の『堂島米会所』。もっともそれ以前から『米手形』として実質的な先物取引は行われていたようですね。

これより早いのは世界的にはベルギーのアントワープに商品取引所があったようですが、日本の堂島米会所のシステムは非常に完成度が高かったようですね。

ところで、この本間家の繁栄を産んだのは、じつは大岡越前守忠相、つまりは御奉行様。

大岡越前は、お白州の裁きなどがイメージに焼きついていますが、これは、ほとんど史実とは違う。

彼は、じつのところなかなかの政策、企画のプロですね。

2009.1226honma02.jpg徳川吉宗の治世下、新田開発や町火消し制度、小石川養生所の創設など、じつにいろいろやっているが、米が通貨の代わりをしていた江戸時代、武士の給与は、いわゆる石高。

この米が新田開発で生産過剰となり米価が下がるなど不安定になり、武士の生活が困窮する。これが米手形などでアップダウンするといわゆる通貨危機。

米価(すなわち通貨)を先物取引も含めて、安定的にコントロールする手段として、堂島米会所が幕府の管理下で行われるようになった。で、その米会所での取引や、酒田の現物米の取引などを含めて、現在のトレーダー顔負けのことをしてたわけです。

当時は、ネットも電話もない時代。おそらく飛脚や手旗、のろしなどの手段を使ったのでしょうね。

なんて考えながらの酒田でしたが……

 

明日も雪なんでしょうかね……

 

 

 
 
 

2010.0202mpweek.jpg■5日間のハードな出張!

10日ほど前に、めずらしく風邪をひいてしまい、しかも「風邪は休日にひくもんだ…」なんて、ひどい暴言をスタッフにはいている私としては、平日にひいたもんだから、ちょっとみんなに会わす顔もないような風邪でした。そんなせいかのか、カンペキに治らない。

で、先週は、その風邪が完治しないまま5日間のハードスケジュールに突入していきました。

2月1日(月曜日)の東京は、ことのほか大雪。マンションの窓の外は、まるで曇りガラスのような状況になり、しんしんと降って積もってゆきましたから、翌朝の博多行きはどうなることか……ちょっと心配しながらの出張前でした。

で、2日(火)の早朝0500事務所への道は、ふりつもった雪。もっとも5cmあるかどうかですから日本海側の人には騒ぐ話ではないですね。

でも、これで東京では滑って転んで救急車の出動が急増しますからね。

と、渋谷の雪をふみしめて事務所に行き、少々、作業をしたあと、タクシーを飛ばして羽田に行き、0805発の博多行きで博多まで。

2010.0206tokyo.mp.jpg、「超・企画ブログ」とダブル話になりますが、当日2日は、博多から新幹線で岡山へ、そして広島にもどり、3日(水)は、広島MPで目いっぱいの講座、4日(木)には、博多に移動して福岡MP。これも終日でしたね。

で、翌日5日(金)は、大分に移動して説明会。これが博多~大分間の別府の手前あたりで、事故があったらしく、国東半島のつけ根のあたりで1時間も電車がとまったまま……

とはいえ、早めに出てたので、なんとか説明会には間に合い、和やかな雰囲気で、終わりました。

2010.0206tokyo.mp02.jpg翌朝(6日・土)は、朝イチのANAで東京にむかい、そのまま東京MPに入り、そのまま終日講座……なんとも忙しいMPウィークでした。

毎晩、懇親会がセッティングされてますから、ま、頭脳よりも体力第一ですね。私は当たり前のスケジュールでしたが、スタッフは慣れてないでしょうから、ちょっと疲れたのでは……

私は風邪の咳がちょっとぬけないままのMPウィークでしたが、ひとまず土曜日のMPが終わると懇親会を終えて爆睡。

それにしてもMPの懇親会は各地ともほとんど全員出席で盛り上がりますね。みんな今後の人生の同志になってゆくようで楽しみです。

(スタッフへ……なんで、こんなピンボケ? 酔ってたの?)

7日(日曜日)には、数件の処理案件があって、昼過ぎまで仕事。

もっともちょっと早めに仕事を終えて0900には爆睡状態に入りました。今日は8日、月曜日。今週は、ずっと東京なのでなんとか風邪をカンペキに治さないと……と思いながら、とはいえハードワークには変わりはありませんが……

 

 
 

thisisit01.jpg■感動……マイケルジャクソンのTHIS IS IT !!!

 

マイケルジャクソンのTHIS IS IT……26日?に発売初日だったようですが、爆発的な人気という割りには入手できました。

 

で、観ました。

感動~~カンドオォ~~

 

80年代のMJの全盛時代には、仕事ばかりでマジには見てなくて、ムーンウォークが流行っても、「ふ~ん……」ってくらいで、あまり関心もなく、いろいろスキャンダルが出てきた90年代も、ほとんど関心外……仕事人間だったんでしょうねえ……

thisisit02.jpgで、今回、リハーサルの裏方も含めた編集のTHIS IS ITを観て……感動~~~

一流、いや世界的な超一流とは、こんなものなのだ……と、改めて感動した次第です。私の仕事にも非常に参考になる部分がふんだんにありました。

で、どう感動したか……なんて、野暮な質問はなしですね。

こういうものは、話ではなく現物にあたってください。

DVDでもかなりきましたから、いやあ……ライブを観たかった……って思いますね。もうかないませんが……

 

 






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