日々実践・毎日が企画の最近のブログ記事

おまたせしました……『震災後の日本再生をどうする!』

ちょっと、私の時間が引越し後の処理に終われ、このコーナーのスタートが遅れていました。

現在の日本は、バブル崩壊後の停滞で社会システムもほころび、リーマンショックと、今年の大震災を期に、後世が、

「あのときから日本の凋落が始まった……」

といわれることになるのだろうか……

世界的に技術水準はトップレベルの大企業が海外脱出する気配も多くなり、もはや衰退路線に、確実にスイッチが入った。

菅総理のダメさかげんは、内外の知られるところとなり、さすがに、類は友を呼ぶ。

多忙な宮城県知事が数分待たせたと言ってキレた松本復興担当相の県庁内での言動の一部始終がUチューブなどでみられるが、ヤクザかうだつのあがらない零細企業の社長くらいしか、あんな行動はとらない。

とはいえ私はなおチャンスがあると考える。

それは、日本は世界有数の、というより技術は、この数年間は超一流を、なお維持できる状況にある(数年後はわからないが……)その最後のチャンスを、なにに振り向け、さらにその突破口を活用しながら、戦略的なシナリオを描けるかにかかっている。

門外漢の私なので、ピントがはずれていると思う人も多いだろうが、震災後の日本を睨んだシナリオを、今後、少しづつ披瀝してみたい

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 技術を軸とした産業分野に3本柱をたてているのは、これこそ現在の日本で最も重要かつ有望なもののため、産業とひとくくりにしないで、3本をたてた。

 なにしろ日本は、技術一流、経済二流、3、4がなくて5に政治、いやいや5どころか政治はもはや順位のつけられない圏外に去っている感がある。だからこそ、日本のナンバーワンをフルに発揮することこそ、日本再生、日本新生への道なのだ。そして、もちろん

④・危機管理改革

⑤・政治改革と行政改革

⑥・財政再建と税制改革

⑦・医療と福祉改革

⑧・教育改革

 これらははずせない。これから8策を明確にしてゆきますね。

ここでは、並列にリストアップさせているが、戦略的なリンケージをどうするか……が大事な問題となる。菅首相は、クリーンエネルギーを掲げてはいるが、それだけで日本のV字回復ができるわけもない。

戦略的リンケージと、シナリオの徹底。今後、おりにふれて話していくことにしますね。

 

なお、のんきなメルマガを出していた経緯もあって、新しいメルマガにシフトさせるかも知れません。その件は今後、またお知らせします。

 

 

 

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■「超」豪華、「超」ローコストデスク……最終完成

前回、完成報告した「超」豪華、「超」ローコストデスクは、もちろん充分に使用に問題はないのですが、朝0500~2100くらいデスクに張り付きっぱなしという状況も、ときにあるわけですから、いろいろ快適さには、そうとうにこだわっています。

で、最初の写真は、前回、完成報告したものですが、2枚目が、今回報告している最終完成ですが、なにが違うか……

デスク上面が真黒になってますね。

じつは、黒い段ボールをひいてあるのです。その理由は以下ですね。

また、段ボールといえば荷造り用を思うでしょうが、そうではありません。デザイン素材などの薄いものですね。

2011.0702desk01.jpgさて理由です。企画屋としては、問題解決を徹底します。

①どこでもマウスパッド状態にする

昔は、マウスの感度が悪く、マウスパッドが必要でしたが、そのためにどこでもマウス状態をつくるためが№1の理由でした。3台、4台と同時並行で作業するのに、アチコチパッドがあると非常にじゃまでしたね。

②夏は吸湿作用を活用する

デスクは板や上面にコーティングしてありますから、夏場に半そで状態で腕がデスクにつくと、ちょっとべたつく。これって気になってる人いますか?……私は汗かきではありませんが、それもで気になる。汗かきの人はそうとう気になるんじゃないですか?

 

2011.0702desk02.jpg紙のデスクトップだと吸湿性もあるので、非常にやさしいですね。気になりません。

③冬は断熱材としての機能

逆に冬はどうか……デスクはひやっと冷たいですね。この段ボールはかなり薄いものですが、そこは紙ですから、断熱性もあり、冷たさはありません。温かく、なかなかやさしいんですね。

黒い段ボールは、ホームセンターで買ってきて、デスクのサイズに裁断して、製本テープで整えます。貼り付けると、模様替えなどするときに剥がすのがめんどうですからね。デスクトップの作り方はこちら↓

http://www.expams.com/blog/2008/02/post-11.html

 

 
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さて、昔は壁面にむかってコックピット状にデスクをセッティングするのが常でしたが、今回は、会議テーブルに向かう方式に変えました。

そこで、ちょっとした工夫を……小物の置場がほしい。

そこでデスクを支える足(板)をデスク面より20cmほど高くし、そこに長尺の板を取り付けてます。で、その上にいろいろ小物を……

3枚目の写真には、長尺板の下には、テープ台があったり、電卓があったり……上にはコンパクトなHDDがあったり名刺やハンコ、スタンプ台や印肉があったり……ほとんどの人は引き出しに入れるようなものを整然と外に出してますが、これって、引き出しを捜すより仕事が早くなりますからね。

4枚目の写真は、メガネなんかも置いてありますが、PC用のメガネと通常メガネは使い分けてますから、こんなことに……

長尺板の下にあるのは、テーブルタップで、これをとりつけてあるのは、デスク上に置いておくと、乱雑になりますから、こうしてるわけです。

そうそう、もうひとつメリットをお話わすれてました。

④デスクトップをフラットにできます。

ガラクタ、端切れで制作したデスクは、場合によってはデスクトップにネジ頭があることだってあります。また微妙な採寸ミスなどで、つなぎ目が、イマイチのこともありますね。つまり微妙に段差がある。また今回は、すべてメープル色で制作しましたが、場合によっては黒い板、白い板、メープルの板……こんな組合せだってありますからね。すると、とてもではないが、薄汚く見えます。黒い段ボールは、それを隠し、みごとにフラットにしてくれます。

知らない人には、非常に拡張の高いデスクに見えちゃいますね。

 

 

デスク周りには、なおデスクの下にも、その他あちこちに、いろいろな工夫がほどこされてます。

そのうちブログで紹介しましょう。

引越しも企画、デスクそのものも企画です。小さな問題解決をすると、いろいろ面白くて便利な状況が生まれますね。

 

 

 

 

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■超ローコスト豪華デスク完成!

引越し後、やっと私のデスクが完成です。

ま、使える状況には、引越し後すぐにできてましたが、なんせ、私のデスクは超ローコストです。おそらく数百円くらいでできました。

「モッタイナイ!」のケチケチデスクです。

5年前に旧事務所に引っ越した際、これもモッタイナイで、さらに前の事務所で使っていたスチールデスクに、木製ドアを板を買ってきて制作してました。その他、あちこちに板材を使っていたのですが、これを新事務所に持ち込んで、私のデスクを制作しました。

さて、1枚目の写真。

これは旧事務所から持ち込んだ板材ですが、この3倍くらいはあるでしょう。これを、

2枚目の写真のように、棚とジョイントします。

3枚目の写真にあるように、2枚の板を連結することに。

4枚目の写真は、下から強固に連結していますが、こうした連結用の板は、もう使い古しのものですね。ボルト穴があちこちに開いているから、その状況がおわかりでしょう。

 

2011.0616desk02.jpgその結果、80cm幅のデスクができました。横幅は、ほぼ180cmですから、かなりワイドなものです。80センチあるとPCを乗せても前面が狭くなることがないので、私は80cm以上の幅をつねに確保しています。

で、5枚目の写真は、右横サイドには支柱を板材で制作しています。

6枚目は、ご覧のように前面に板がありますが、これはデスク板材の強度を補強することとパーティションの双方の役割を担っています。

7枚目の写真は、左袖のあたりのスキマをカッティングした板材で補強し

8枚目のように、三角デスクを用意しています。

9枚目で、しっかり止めていますが、それ以前に、金属板で下から連結させています。

10枚目は、右袖の連結ですね。

まだ本格的に、机下の収納他を作っていませんが、これも近々時間を見ながら作っていくことになります。

机の上面の小物が、それぞれ違ってころがっているのは、仕事の合間に造っているから、そろっていないわけですね。

ま、空き時間を使いながらやってるもので……

 

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2011.0616desk12.jpgさてさて、こうして左の写真のようにデスクがほぼ完成しました。

あとは、細かい作業が残ってますが、充分にデスクとして利用できるので、あとは仕事の合間に少しづつ完成度を高めてゆくことに。

 というわけで、デスクがひとまず完成です。

ここから、当分、おもしろい仕事を出力することにします。

 

これも企画の一環ですね。ガラクタを上手に使うと、なにが完成するか……明確な最終イメージと途中の明確なプロセスが重要です。事業計画、企画もまったく同じですね。紙上でできたつもりでも、現実はそうとうに違う……デスクづくりも同じです。

 

 

 

 

 

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■引越し先、原宿へ

今日から本格的に原宿のオフィスに移転します。午前は、ごったがえしているでしょう。お客様に連絡等で失礼があるかもしれませんが、しっかり事後対応させていただきますのでよろしくお願い致します。

大阪にいながら、東京の仕事は圧倒的に増え、東京に出ざるを得なくなってもう20年以上、その間、青山1丁目~渋谷金王坂上あたりの246青山通り以外に事務所を置いたことはありまでした。前の事務所は、青山通りからわずかに20mくらいはずれた宮益坂上ですから、青山通りみたいなものですが、今回は青山からはずれることに。

原宿です。

 

2011.0607harajuku02.jpg原宿というと、1枚目の写真のように神宮前交差点、ラフォーレのあるあたりを考えれれるでしょうね。これは神宮前交差点から表参道駅方面へのブランドショップがならぶ、東京でも銀座とならぶ有数の観光地であり、ショッピング街です。

さて、毎時神宮の駅としてできた原宿駅は、いまなお木造で、山手線の駅としては、木造は、この原宿くらいではないかも思いますが、私敵にはすごく好きですね。

で、この向こうに竹下通り出口があり、ここが、神宮前交差点以上に原宿をイメージする、コギャルの原宿、竹下通りです。この写真(3枚目)は、午前1000前ですから、人出はまばらですが、午後、そして土日になると、もう電車ラッシュ並みの込みぐあいになり、色とりどりのファッションをまとったコギャルで満員電車状態です。

 

2011.0607harajuku04.jpgまあ、私は、この竹下通りをたまにウォッチしにとおりますが、ゴズロリあり、アゲハ風あり、昨年くらいから非常に多いミニパンあり、フリフリのフェミニン調ありの、まあ、日本のファッション誌のいろいろなタイプが1分で数10種類は目に入るという、コギャルの街です

ところが、竹下口からコギャルはまっすぐ東にむかい竹下通り方面に行くのですが、竹下通りを北にむかう人は、まるで人種が違う。ちょっと大人のファッションを志向した人たちなど、ファッションのレベルは渋谷に比べて、ましてや竹下通りとは、数段ランクアップ。

ちょっと白金風でもありますね。

その竹下口を出て北に向かうと、4枚目の写真の奥に見えているのが、「皇室専用」の駅です。以前は、ここから葉山の御用邸に向かう皇室専用列車が、発着してた駅です。

2011.0607harajuku03.jpg最近は、皇室のみなさんは新幹線利用が多いようで、この駅の利用頻度は、ずいぶん減ってるようですね。 新事務所は、その皇室専用駅の道をはさんで、右隣です。

ここはもう閑静な住宅街、ファッション系、デザイン系の専門学校もおくつかありますね。

実に緑が豊かです。西には明治神宮がひろがり、東南には東郷神社。渋谷にくらべて気温も少し低い感じがするのと、空気がいいですね。

まずは東京の本格的な事務所の新出発です。落ち着くと関西方面の拠点づくりに入ることになります。

なにもなければいいのですが、私たちの震災対策も着々です。

 

 
 

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事務所の引越し……引越しは一難去って、また一難

さて、Facebookでお付き合い頂いている方は、先刻ご承知でしょうが、企画塾は、引越し業務のさなかです。

先週くらいから、いろいろ整理していましたが、まあ、ご家庭の引越しとは異なり、膨大な量の資料や、PCほか、いろいろあります。

企画塾は、10数名の事務所ですが他の会社に比べ、1人あたりのPCや端末の多さは、IT企業並みかそれ以上かも…。それと書籍やファイルはハンパではなく、さらに同等以上が借倉庫に入ってます。(借倉庫なしにするのにも半年計画でデジタル化処理をすすめてますが……)

私の書籍と資料だけで4トントラックが1台いるくらいでしょう。

スタッフの1人の20~30倍、いやもっとあるような感じです。ま、これを引っ越すわけですからね。

たいへんです。

31日は、引越し作業終了パーティ(ただし前半戦)

31日に搬送作業の前段を一気に終了。

スタッフが自宅に集まって来てホームパーティです。これは「サシミ・カナッペ」といって、いわば手巻き寿司を、酢飯(すめし)を使わないで、パンを使います。

2011.0601hikkoshi01.jpgこれは、パンカナッペという我が家の定番パーティ料理と、

サシミ巻きという、サシミを野菜や海苔をつかって巻いて食べるパーティ料理の折衷案的なパーティ料理で、サシミ巻きには、パンは使いませんが、サシミカナッペには、パンも使うというくらいの違いかもしれませんが、ま、準備が簡単なわりに、みんさんが楽しんでくれるパーティ料理ですね。

作り方、パーティで参加した皆さんが楽しんで作ってくれるイメージは、こちら(パンカナッペの作り方)で見てくださいね。

■一難去って、また一難

引越しがたいへんなのは、なんたって2重の作業ですからね。

 

2011.0601hikkoshi02.jpg搬出して「ごくろうさん!」と31日は、ビールを飲んでますが、そのあとが大変。引越し屋さんにお願いして、むこうに荷物が着くわけですが、今度は、引越し先で、再度、組み立てるわけで、これが大変。

新事務所は各組織別に部屋を割った構成にするのですが、私の7,8坪くらいの部屋は、もう段ボールで満杯状況……これほとんど私が整理しないといけません。

かなりの作業ですが、収納するとこれが見事に入りますから不思議ですよね。もちろん、私のデスクと、会議用のデスクも入ってきます。

1週間くらいかかりますか……

今回は、まず最初の移転、次は、7日が事務所の最終撤去、13日が、セミナー会場の最終撤去です。

一難去って、また一難、さらにまた一難……3度の山があります。

で、それぞれ、引越し前(旧事務所)、引越し後(新事務所)の作業がありますからね。

今日から1週間近い格闘で、その間に講演やセミナーもあり、時間のやりくりが厳しいですが、ま、やらないことには仕事ができませんからね。

ふぅ~……。

とはいえ、このところビールの味が、いままで以上に格別です。

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■資産は西へ……
左記小冊子「震災後を元気に生き抜こう!」(4月1日刊)の改訂版の最後の追い込みで、明日ぐらいに終わりますが、以下の話などを入れています。

○関西地方、福岡を中心とした九州など、地方の住宅需要の増大
 東北や首都圏から、以下のような2つのケースも増加します。
・富裕層を中心に資産を関西や福岡など九州にリスクヘッジ
・西日本出身者の退職者が故郷に住宅建設
 初版本では、前2項を説明していましたが、実際、震災直後から関西に多くの人が移動しました。


2011.0523gotoWest01.jpg現実には富裕層だけでなく、欧州各国の在外公館関係者や勤務する日本人、外資系企業の従業員やその家族が会社を閉め、大阪や神戸、岡山などへも緊急避難し、ホテルを長期で借り、住宅を借りたケースは思いのほか多く、3月4月の関西圏のホテルの活況は、こうした外国人に起因するケースが半数くらいはあったようです。
外資系企業は、関西を万が一の東京のバックアップ体制をとりはじめています。
東京を中心に資産形成していた富裕層が、関西や九州に土地やマンションを持ち、資産のリスクヘッジを行う傾向は今後、さらに増えるでしょう。
 関西や福岡など九州地方で、マンションなどの需要は、首都圏に比べると多くはありませんでしたが、今後、需要が増える発生する可能性が高くなったということです。
 万が一の疎開需要としてのものですが、そればかりではありません。
 相続税について課税限度額を下げ、相続税の大増税を政府は考えています。大震災で話題が少ないものの、確実に国会を通過する法案で、落ち着けば相続税の増税は既定路線でしょう。
 相続税は従来、土地持ちや事業家で成功し、都市に不動産を持つ人達しか対象になっていませんでしたが、課税限度額が下がると、共稼ぎの地方公務員や、夫婦で教職員を退職まで続けた人などで、住宅ローンを払い終わった人達などが課税対象になってきます。
 こうした、いままで相続税対象ではなかった人達が、相続税対策として、マンションなどを購入し、震災対策などを視野に入れる結果、首都圏以外への需要拡大が起りやすい状況が生まれてきました。
 地方の住宅会社が住宅販売をする際、首都圏の方が住宅購入するケースがあります。地方出身者が、老後を故郷で過ごそうとする需要ですが、この需要を本格的につかんでいる住宅会社は少数です。


 団塊の世代は、半分近くが「金のたまご」といわれる中卒で東京や関西に出てきた人達です。もちろん高卒で東京や関西、名古屋に出てきた人も含めると、実に多数に及びます。
 こうした人達の大半は、退職金ももらって来所串、老後をどうするか…という段階となっています。
 退職者の大半は、長年暮らしてきた首都圏などで老後を過ごそうとしていたでしょう。ところがこの福島原発の事故がきっかけとなって、故郷に戻ろうという動きも出てきます。関西や中四国、九州などの出身者のなかで顕著となるでしょう。
 関西や九州の地場建設業・住宅会社と東京の不動産業や仲介業との連携ができると、この動向は加速します。

(以上、改訂版「震災後を元気に生き抜こう!」より

■つい先日、1000万円かけて老後のためのリフォームした人が、九州へ

 講演の際、震災後に起こることをいろいろ話をしていましたら、先週の講演後の懇親会の後に、近寄ってきた方がありました。リフォームの仕事をしている方でしたが、こんな話を……

「いや、お話の通りですよ、今年に入ってリフォームを1000万円ほどで受注したのですが、その方は九州出身者の方で、もう向こうに帰られました。1000万円もかけてリフォームされたのにねぇ……」

 つまり、老後は東京で住もうと、1000万円をかけてリフォームされた退職者の方が、地震や原発が気になって、九州への帰郷を決意され、1000千万円のリフォームされた自宅は、売却の方向という話ですね。

 水面下で、こうした話は、いろいろ起こっているでしょうね。

2011.0514japanrisk.jpgジャパンリスク…今年、欧米でささやかれる言葉になるかも……

 ジャパンリスクという用語は、まだ欧米や世界各国では出てきていない。

 Tsunami Attack!  であったり、Melt Down!! だったりするが、今後、ビジネス関係では

ジャパンリスクという用語が定着するだろう。

 左図は、私が作成した日本を襲った「東日本大震災」の今後の推移関連図である。
 バブル崩壊後、自民党政権の政策不在によって、生じた20年の日本の空白。

そして、なんと1000年に一度という巨大な津波を伴う「東日本大震災」が、こともあろうか危機管理能力が、ほとんどない民主党が政権政党になっている局面で、日本を襲った。

 政府は原発対応だけで右往左往、世界各国への説明もままならないまま、今日に至り、かつ復興ビジョンも震災復興もまともに描けていない。

 ことに日本の経済・産業ビジョンは、さらにない。
 復興税や、被災地対応、さらには東海・東南海の連動型地震を懸念して、浜岡原発停止の状況は、今後、どうなるのかを、左図で考えて頂きたい。

 いま世界は、日本人が抱く以上に

恐怖のジャパンリスクを感じている。それは


1・巨大地震・津波・放射能の国

来日、滞在することへのジャパンリスク(観光立国は泡と消えた)

2・最先端商品を依存回避

日本から部品が入らないリスクがある、であれば多国へ分散。日本以外の国への期待感が増え、日本産業が沈下する

3・日本企業が海外脱出

電力供給の不安定な日本から脱出しないと目標達成できない。また2項を感じる日本企業は海外生産を強化、空洞化へ

 東北・関東・さらに東海地方という、日本の先端企業が多数存在する。ここに立地する日本産業を率いる企業群のかなりが、海外生産の強化を積極的に行い、日本での生産を減少させる。

 こうした結果、産業の空洞化がさらに加速される。企業周辺の中小企業、さらにはサービス業などは、立ち行かなくなってゆく、こうして雇用機会が大きく減少。結果的に不況感はさらに増すことになる。

 ジャパンリスクを回避する施策を、政府は当分、とれそうにない。こうして日本の経済、産業は、減衰をたどり、さらに厳しい状況に陥る。

 しかし次世代の産業構造を作り上げることで、回避可能だ。

 これについては、他の書やネットを通じて公開してゆく。

2011.0506shinnsaibon01.jpg■大震災後についての書籍…これから続々と……

大震災後の書籍が4月末から出始めましたね。

大前研一著『日本復興計画』文芸春秋2011年4月30日

宮崎正弘著『震災大不況で日本に何が怒るのか』徳間書店4月30日

藤田勉著『震災で日本経済はどうなるか』日経新聞出版社4月27日

大前研一さんは、ご存知の方も多いでしょうがコンサルタントになる前は日立の原子力にいた人。したがって著書では、この部分にかなりが割かれており、原発に関して関心があれば、これは面白いのですが、ではタイトルにあるその後の復興は、ということになると、緊急出版ということかもしれないが、やや物足りない。

宮崎さんの著は、中国通でもあり、国際関係のなかでの日本のポジションがよく書かれており、震災と津波、原発後の世界がどう伝えているかなどについて、膨大な取材力が感じられる、緊急出版にしては非常に中身が濃いなかなかの書。

藤田さんの著は、金融の専門家らしい事後の日本と世界についての書になっているが、具体的にはちょっとものたりない感じもする。

三書とも緊急出版という点では、非常に評価できるものの、では個々の人がどう生きるか、業界はどうするか……という個別の話になると、ちょっと物足りないかもしれません。

しかし、全体的な事後の日本観という点では、宮崎さんの著が、イチオシでしょう。

詳細は、みなさんが手にとって考えられればいいでしょうが、4月初旬くらいに脱稿しないといけないスケジュールだったでしょうから、著者の方々はたいへんだったでしょうね。

■『震災後を元気に生き抜こう』第2弾の小冊子

いま、最後の段階です。前回のものは、震災後1週間で制作したものですが、今回は個々の業界も取材したものとして、第1弾とは、異なる内容で刊行します。

多数の方々がお申込みを頂いていますが、今月中旬に発送予定です。もうしばらくお待ち下さい。

 

 

2011.0427plate.jpg■次にどう備えるのか…?

国のリスク管理は、どうみても後手後手の感じがしてならないのと、国民に不安を与えてはならない……ってわけで、危機的情報は、必ずしも伝えられていないような気がする。

で、私がこの東日本震災を、富山の氷見で見て、東京に帰れず、翌日東京に向かうなかでずっと思ってたことは、以下のことです。

想定外が起ったわけで、続いて想定外が起るリスクは、どんなものか。考えたくはないが、ますます気になるのでブログアップしておきますね。

1・東日本大震災の最大級余震の位置

東電福島第一原発の直下でM8クラスの余震が起る可能性は、どの程度か……しかも浅い震度で……

するとチェルノブイリ級の危機がくるのか?

2・東海地震か連動か?

東海・東南海・南海の連動地震か、東海地震でM8クラスが来た際の東西分断はどの程度になるか。

ようは東海の日本の大動脈がどう分断されるか。さらにリスキーなのは中電浜岡原発はどうなる?

中電は、駿河湾との間に10~12メートルの砂丘があり、これが津波を防ぐといっていたものの、東電の事故をみた翌週、砂丘と原発との間に12メートル高の防波壁を築くといったが、これはいつできるのか……

政府は、早急に防波壁の完成を指導した話もないから、これも気になる。

■4枚のプレートに浮かぶ日本……1枚が総崩れ状態……あと3枚はどう動く?

日本が4枚のプレートにのっていることは、この地震で、ほとんどの人が理解しはじめているようですね。

このプレートという考え方は、ウェゲナーが1912年に『大陸移動説』を唱え、当初は異端扱いだったが、徐々プレートテクトニクス理論に進化し、いまはこのプレートの衝突、沈み込みが地震の原因であったり、ヒマラヤ山脈が高くなったのは、ユーラシアプレートに別物だったインドプレートがぶつかり徐々に地形を褶曲させながら山脈を形成していった仮説などが有名だ。

日本も、伊豆半島はもともと南方にある島で、フィリピン海プレートにのってきて日本にぶつかったというのが定説になっている。富士山の噴火もそうした動きのひとつでしょうね。

今回の想定外の大地震は、北米プレートが総崩れ状態で変化した。このあとどうなるということで地質学者などは総出で日本各地の小さな地震や地殻変動や火山の状況を注視している情報が飛び交ってくるが、どうなるというより、我々日本に生きている以上、最少リスクにするにはどうするか……私の場合は

1・福島原発直下型M8余震が来ると、即座に東京脱出をする

2・フォッサマグナ(糸魚川~大井川の中央地溝帯)から相模湾にかけてのエリアが動き出す(地震)と関西に拠点を移す。

という行動をしようと考えています。

■まず事務所の引っ越し準備

したがって、もう行動をはじめており、東京の事務所をいまの8階から、地盤のいい場所で低層に引っ越す

これは準備完了、物件も決まり6月には引っ越し決定です

次に万が一の準備と関西方面の顧客拡大を視野に、再び関西に拠点を持つことにし、準備を開始。

なんとか秋くらいには拠点を設置し、万が一には社員と家族も動ける準備を整えます。場合によっては福岡も視野に入れて3拠点に。

東海が分断した場合に備え、各拠点を移動しなくても連携できる状況にする。

これはハイテクがローコストになってきたので、スカイプや電話会議をはじめ、使えるものはいまから使いまくり、分断されてもいろいろ自社対応ができ、お客様にも便利にサービスできるよう考え、危機に際してどう対応するかの準備を整えることにします。

■いやな事を言ってるように聞こえるかもしれませんが……

じつは、私、地震の翌日に東京に帰る道すがら、同行していたスタッフに、「これは関西大震災の死者数どころではないぞ、おそらく2万7、8千は死者が出る…」と言ってたのですが、類推した数字に、あまりに近い。

その後の動きも小冊子に書いたように、人の動きがかなり予測どおり。次の地震ほかについては、私は地質学者ではないので、あたらないことを祈るのですが、ちょっと不気味な感じがするので、ついついブログアップしてしまいました。

はずれることを祈りながら、しかし万が一の準備をすすめています。

 

 

2011.0425西へ大脱出.jpg■西日本への移動が、始まる気配

西日本、それも関西圏、大阪、神戸、京都の不動産が動く気配が多い。また福岡も同様のようだ。

これは私の小冊子「震災後を元気に生きぬこう!」のなかに、震災と原発を心配する富裕層が移動する可能性を示唆しているが、現実にかなり起っているらしい。

不動産の購入、関西や福岡の賃貸物件に居住。さらにはホテル住まい……などで家族を一時的か、または長らく住むかの模様眺めも含めて移動している富裕層は多いらしい。

会社社長のご夫人や恒例のご両親を居住を移転し、その社長は週末に西に移動しているケースなど多々あると聞く。

また、会社ごと移転を決めたところも多く、日本駐在の小さな外資系オフィスは香港やシンガポールに移転を決めたか、3月中に移転してしまったものは多数にのぼる。

日本系の会社でも、西への移転を決めたところもあると、いろいろ聞こえてくる。ことにIT系など、エリアを越えて仕事ができる業態ではなおさらだ。

沖縄は人気かといえば、それは少ないようだ。

沖縄には1771年に石垣島で1万人を超える津波の溺死者の記録があり、沖縄は歴史的にも津波が幾度も襲っている。

■なお残る、チェルノブイリ級の災害の可能性

東電の第一原発の、本当の意味での沈静化には、10年近くかかるだろうし、低温安定(100度以下)状態になるのに数ヶ月を要するわけで、万が一だが、第一原発の直下、かつ震度の浅いところでM(マグニチュード)8クラスの余震があれば、なにが起るかわからない。なにしろ福島原発は、なお核エネルギーを莫大にかかえたままの状態だからだ。

今回のM9の東日本大震災そのものも、万が一の想定外が起った。2004年のスマトラ沖地震(M91)の余震で最大のものは3年後に来たM84という規模だ。これが東電原発の直下型で数年内に来ると、チェルノブイリ並の危険性は充分にある。これが怖いから東京の外国人は70%がいなくなったのだ。

東京にいる以上、これは来ないことを祈るしかない。さらに脱東京対策をとる人が出るのは当然だろう。チェルノブイリ級が起こると、西は名古屋を越えて厳しい環境になる。

もっとも、にわかに現実味を帯びてきたのが江戸時代に2度起っている東海・東南海・南海の連動地震であり、これが発生すると、津波を被るだろう御前崎には中部電力の浜岡原発がある。むしろこちらのほうが危機的な状況を招くかもしれない。原発と遠州灘のあいだには、ちょっと高めの砂丘しかない。東日本大震災発生の翌週、高い堤防を数年内につくると中電は発表したが、もっと早期に建設すべきかもしれない。

われわれも活きるために、いろいろな手を打っておかねばならないだろう。

 

 






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