知覧……第2次大戦末期の特攻隊基地……感動ものです

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■知覧……第2次大戦末期の特攻隊基地

ちょっと前、9月6日(日)鹿児島、博多出張があって、であれば以前から行ってみたかった。知覧へ行ってきました。以前に日本一のリゾートとして「雅叙園・天空の森」を紹介した同じ日に行ったのですが…

第2次大戦の日本の立場について、いろいろ異論はありますが、戦地に散った人たちの血の上に今日の日本の繁栄はあるわけで、不況だのなんだの言っても、世界でもっとも豊かな国のひとつが日本であることに、なんの異論もないでしょう。

 

2009.0906chiran04.jpg知覧は、鹿児島・薩摩半島のかなり南のほうに位置していて鹿児島空港からは、いったん鹿児島市内(駅前)に出て、それから知覧や指宿方面へ行くバスで出かけるのですが、鹿児島空港からは2時間半くらいかかりましたね。かなり強行軍です。

行ってみると日曜日だったせいもあるのか、観光バスが大挙してきていて、もちろん乗用車も駐車場にところ狭し……途中までの過疎地のような閑散とした雰囲気はまるでなし。

外に特攻機などが陳列されていましたが、これはちょっとイマイチな感じでしたが、知覧特攻平和会館に入ってみました。

中へ入って、最初の陳列を見ると、それは特攻兵の残した遺書

さらには「辞世の句」です。

2009.0906chiran02.jpg思わず涙がこみ上げてくるようなものが、あまりに多い。以前、小泉総理がこの地を訪れて涙したのも当然ですね。

父母への感謝、幼い兄弟への思いやり……

これがいったいどんな特攻兵が書いたのか……

なんと、若干17歳から23歳くらいの、まだ幼さの残る凛々しい少年、青年の書き残したものなのです。

私の事務所は渋谷にあって、駅近くへ出て行くと、こうした年齢の子供たちがヤマと繰り出していますが、この彼らも、時代背景が違うと、知覧の凛々しい青年のようになるのか……

なんて考えながら、ムリだよな……と、感じてる私がいましたが……

その書き残したものは、実に見事な筆跡のものが多いのです。

 

2009.0906chiran01.jpg私は、小中学生のころは、筆をとって書をやってました(やらされてました)が、もう完全に退化……

この散り行く若者の凛々しい姿と、毎晩酒を喰らって爆睡している自分の情けない姿を重ねてみると、なんとも物悲しい気持ちになりました。

それにしても戦争は悲惨ですね。

 

■必ず一礼すべきところ

沖縄へ行くと、時間がある限り毎回、ひめゆりの塔と、摩文仁の丘の双方に行きたいところですが、時間がなくてもタクシーをとばして摩文仁の丘に行き、一礼をして空港にもどり、東京行きの便にのる……ってことをしているのですが、この知覧は、なかなか行くことができず、はじめて念願がかないました。

こころの奥深いところに、忘れることのできない、すばらしい財産を頂きました。

 

 

 

 

 
 

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このページは、高橋憲行が2009年9月21日 08:58に書いたブログ記事です。

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