■古~い雑誌の表紙が……
3月9日(日)数日後の締切原稿を、朝からせっせと書き終え、ちょっとこのところ整理整頓がおろそかになっていたので、資料の整理や、いろいろなプロジェクトで放置されている資料を、午前、午後かかってやってしまおうと書棚を整理していると、妙な本が出てきました。
これって相当に古い雑誌の表紙です。
おおっ……と
そうとうにギョッとしましたが……
とりなおして、ブログアップすることに……
その古い雑誌は
1990年7月号の「ダイヤモンド・エグゼクティブ」
めくってみると私の特集が、10ページほど、さらに次月号から半年くらい、次々と同じくらいの紙面をつかって連載が……
連載を始めるということもあったのか、この号だけで、私の全面写真がなんと表紙も入れると3ページも……めくるたびにギョッ!…
古いというと、19年前ですからね。
この春、マスターズに登場する、なんと私の半分のスコアでラウンドする石川遼クンは、まだ生まれていない!(こりゃまあ、私のスコアがひどすぎますが…)
あややこと松浦亜弥は、まだ4歳くらい。
「硫黄島からの手紙」で、なかなか評価の高かった嵐のメンバー二宮和也クンは、まだ7歳。
これはもう相当に昔ですよ。
私の、本日あと943日で、あの世に……という、カウントダウンも真実味を増してきちゃいますよね。
で、まあこのときに掲載されていた企画書のシステムというのが、いまMP講座で使われているものと、なにが違うか……というと、ほとんど変わっていない。
■普遍性が高かったことを、改めて回顧
ということは、進歩がないのか、それとも普遍性が高いのか……
まあ、いまなお支持され、多くの人が、あのとき企画塾に、企画塾流の企画書に出会っていなければ……いまの自分はありません……
なんて、言っていただける人が多いので、普遍性が高いのかもしれません。
それにしても私の人相も、19年たってもあまり変化がないようで、これもちょっと心配ですね。なんの進歩もしていなかったのか……
もっとも髪の毛は、かなり薄っすらしてきましたが、まあ、当時予測したよりは、なんとか持ちこたえてはいますがね。
■「企画ブーム」の時代
じつは、1984年ごろから、私の書く著作は、かなり評価していただいてヒットが続出していたころで、とにかく私は忙しかった時代です。
「企画」よいう言葉と、「企画書」という書式を世の中にプレゼンテーションしたころで、とにかく取材が多かった。
5、6センチの厚さのファイルに入りきらないくらいのパブリシティのコピーがあるので、たしかにそうした時代だったのか……なんて、いま思っていますが、それにしても、この未曾有の不況の時代こそ、企画の力量が問われますよね。
再度、企画の時代を仕掛けてみたいですね。
おっと、あの世まで、もう少ししかないことを考えると、これは若い人にやってもらわないとね。
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このページは、高橋憲行が2009年3月 8日 11:11に書いたブログ記事です。
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