グルジア問題を考え…日本に重ねてみる

昨日は、0500前に新大阪のホテルで起床し、そのまま雑務をやりつつ、気分転換にブログをアップ。

0700には最上階のレストランで朝食をとって再び部屋にもどって仕事をしてましたが、テレビからちょっとグルジアの話がこぼれてきました。これって私、けっこう気になっているんです。

日本では、ロシア軍がグルジアに進軍したときに報道されましたがその後、めっきり記事が減っていますね。日本人には興味のないエリアということでしょうか。しかしこれは欧米、とくに欧州には非常に目が話せない紛争なのです。

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■グルジア紛争を、まだ覚えていますか?

グルジアは地図中央のブルーのエリアです。これからなお国際問題のなかの中核を占める根深い問題です。

ところでグルジアGeorgia)とは、なじみがないでしょうが、これをジョージアというと、皆さんはどう感じますか?

ある人は、レイ・チャールスの魅力的なダミ声の「わが心のジョージア」を思う人や、米国のジョージア州を思い出す人もあるでしょう。そういえな北京が終わりましたが、オリンピックを開催したアトランタはジョージア州の首都ですね。

「オレ、毎日飲んでるよ!」っていう、ジョージア・ファンもいるでしょう。まあ、アトランタはコカコーラの本社がありますよね。

ところでグルジアは英語名はGeorgia、じつは、アメリカのジョージアもグルジアも同じ語源です。

これって日本人にはわかりにくいでしょうが、キリスト教の聖人のひとり、ゲオルギウス(Georgius)から来ています。アラブ近隣ですがれっきとしたキリスト教国ですね。

ちなみにキリスト教国では、聖人の名前をつけますね。洗礼名の慣行もあるわけで、マリア、ヨセフ、ヨハネ、フランチェスカ、日本に来たフランシスコ・ザビエルのファーストネームもそう。

ちなみにゲオルギウスが、ドイツ名ではゲオルグ(Georg)、フランスではジョルジュ(Georges)、英語ではジョージ(George)、で、米国のジョージア州は、たしか英国植民地時代に入植したときの英国王がジョージではなかったか?

バージニア州は、エリザベス1世が未婚をとおしたことで処女王という異名もありますが、それに敬意をこめてのバージニアになったわけですね。

欧米は、この名前にみるようにキリスト教圏は、民族や言語を超えて、ほぼ由来がいっしょになるような同朋意識を一方にもっています。グルジアはジョージア。

■文明の衝突エリア(ロシア、西欧、トルコ&アラブの衝突エリア)

さてグルジアの話です。名前の話だけのイントロが長くなってしまいましたが、世界の覇権争いのなかで、翻弄されながら民族性を高くもっているのがグルジアですが、かつては17~19世紀には、オスマントルコと戦って支配下に入ったり独立したり繰り返しています。このころのオスマントルコは、欧州深くにも入り込んでオスマン帝国の支配下とし、旧ユーゴスラビアの、ボスニアヘルツエゴビアには、イスラム教徒が多数いるなど、民族宗教がモザイク状態になっている一因にもなっています。そした北からはロシアです。近代になってピョートル大帝のロシアは南下政策をすすめ、トルコと大激戦を繰り返し、黒海まで南下します。

このときクリミア戦争(1854~1856)は有名です。いまはロシアではなくウクライナですが、このクリミア半島を舞台にロシアとトルコが激戦を繰り返し、ここに登場するのが敵味方を区別なく看病したといわれるのがナイチンゲールです。

国力が衰退しつつあったオスマントルコを、ユーラシア大陸の東の端、カムチャッカまで手中に収めた膨張帝国ロシアが南下し、黒海を自分の内海にしようとする戦争だったわけですね。グルジアは黒海東部でロシアと協力しつつトルコを牽制します。(クリミア戦争は、けっこう世界的規模で行われましたのでグルジアの牽制だけではありませんがね…)

こうしてトルコは破れ、20世紀に入り第1次大戦が終わるころにレーニンによるロシア革命が起こり、そしてソビエト連邦ができるわけですね。で、このレーニンの死後、うまく立ち振る舞ってソ連の権力を一手に握ったのが、なんとグルジア人のスターリンなのです。

まあ、このエリアの国家や民族の盛衰は、ひとすじ縄ではいきません。平和な日本とは、日本は100回くらい戦争しないととてもついていけないくらいの生き様ですよ。

ま、ともかく、このグルジアの地政学的なポジションを、未来の日本に重ねると、いろいろ危ないシーンがイメージできますね。そんなボヤキをしてみますか。そのうちにね。

 

 

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このページは、高橋憲行が2008年9月13日 10:06に書いたブログ記事です。

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