新大阪……「企画書」本、を作ったところ

20080423osaka.jpg■新大阪から大阪への光景

昨日は、朝から博多でセミナーや月例会があったのですが、懇親会を終えて2228博多発「ひかりレールスター」に乗って、2300ごろに新大阪に着き、駅前の定宿のワシントンホテルで爆睡しました。

今朝は、早朝に起きてひとしごと。ちょっと朝食を食べて部屋に帰ったところ。で、窓から大阪方面を見ると梅田(大阪駅付近)のビル群が……

手前の多少はっきり写っている大きなビルは、西中島の「日清食品」のビルですね。

このあたりにくると、20年以上前に事務所があった場所を無意識に探してしまいますね。ちょうと日清食品ビルの近く、写真のなかでは右端の手前あたりに30年以上前に、ワンルームマンションで創業して、しばらくするとその階下のオフィスy階に事務所をもって、この新大阪、というより西中島南方のあたりに、10年少々いました。

■ハードワークを思い出す

で、その事務所でいろいろハードワークをしてましたね。

ミノルタのアルファ7000の開発前の大仕事も、アサヒビールの再出発時のときの仕事も、大阪の多数の企業の企画業務を手伝ってたのがここ。松下グループさんや京都府の京阪奈学研都市の仕事をしたのもここ。なつかしい。

昨日アップした、20年ぶりの方も、この大阪の事務所でお会いしてと思いますね。で、なんで新大阪にいたか……っていうのは、東京の仕事もすぐに新幹線でいけるから……という感じで、仕事してました。

■書籍は、ここでハードワークのついでに書き始めました

私の80冊の著作のスタートは、この西中島の事務所でした。当時は原稿用紙にむかって書いてましたがね。

ワープロができ、それを使いはじめ量産がはじまるのと、企画書の原型をさらに本格的な体系化をはじめてたのも、この事務所です。で、25年前に

「戦略発想時代の企画力」「時代の構造が見える企画書」(実務教育出版 1984年)

がバカあたりしたのも、ここです。この印税はすごかった……まあ金額は想像におまかせしますが……

以後、私の人生は、かなり狂ってしまって、東京から仕事は殺到するわ、講演が全国からくるわ、出版以来は殺到という感じで来るわ……もう大変でした。

けっきょく東京に出ていくことになります。仕事が殺到しただけでなく、

NBC(ニュービジネス協議会)もたちあがったばかりで、当時の下村専務や、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いの、ユニチャームの高原社長やNECの関本社長なども、「NBCに入れ!…」って大阪に仕事に来られたついでに事務所に訪問していただきましたが……

こうした訪問をうけたのも、2冊の本がバカあたりして、ビジネス界にけっこう受け入れられたからですが……

で、東京に出て行くことになっちゃいました。

と、まあ、なかなか懐かしい場所なのです。

 

 

 

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このページは、高橋憲行が2008年4月23日 07:31に書いたブログ記事です。

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