2008年4月アーカイブ
■4月27日(日曜日)なのに……
26日(土)は、始発で羽田から発って博多に行き、最終便で帰る……って強行軍でした。先週は月曜日は、長崎、佐賀、火曜日は博多で月例会、水曜日は関西で月例会、木曜日は東京に帰ってケータイ広告大手の本格ゼミのキックオフと別件の新事業の打ち合わせ、木曜日は朝は別件、昼からは東京での月例会、終わってすぐに別件の新事業がツメの段階。これはベストな形で次のフェーズに突入。土曜日は再び博多。
けっこうタイトだったせいか、日曜日の朝、どうやらカゼっぽい。
会社のほうは土曜日はMP講座、そしてこの朝からMPAの会議。朝は、ちょっとスタッフとミーティングをして、事務所に帰り、ちょっとお客様と打ち合わせをして、クスリ屋さんに行き、カコナールを買う。なにやら元気の出るという栄養ドリンクもすすめられたので、うまくすすめるよな~……なんて思いながら、こちらはカゼを直したい一心で買う。
書斎にもどり、午後3件の来客があるため、クスリを飲んでちょっと休む。
ランチに出るのと夕刻の来客用の買出しをして、帰宅。
で、0200すぎに来客。新事業の起ち上げ前、いろいろと現場を動いている方とミーティング。事業のフレームについては、あらかた完成にむかっているが、現場の状況の詳細な掌握がいる。
CTPTマーケティングでは、PTの細部を設計しT(ツール)をベストにしないと、これがおもわぬハードルにぶつかり、どうにもならなくなるので、その打ち合わせを……やはり現場はいろいろあるな……と、非常に参考になり。また後日に詳細をつめることに。
0300次の別件の新事業の来客。こちらも着々と進捗しており、さらに磐石にするためにいろいろな策を提供しておく。
担当の方が、センスがいいので、こちらがアドバイスをすると、さらに構造的に組み立ててもらえるので、これは助かる。いい感じでまとまるだろう。もちろん不覚の事態を予測して先手をうっておく必要はあるが。
ま、それは私の仕事かも。
1730ごろ次の来客は鍋つきでやるので、そろそろ鍋の準備。
1800には、来客が……
ま、30分で10人分の準備はできるので、3人用などごく気楽にできますが、この日のメニューは、私の都合で、例の「根生姜のさしみしゃぶ」のちょっとしたバリエーション。
なんせ、カゼ気味なので、身体をあたためようと、根生姜を炊くことに。いつもの根生姜と違い、たまねぎを2個スライスしてまるまる煮込んだベースに、さしみしゃぶをやることにしました。
私の勝手で申し訳ありませんね。
新事業の話に終始するだけでなく、いろいろあちこち脱線しながらの宴会でした。
2100ごろにはおひらき。さてさて私は身体を冷やさないようにして、対策万全で練ることに。
とはいえ、今朝起き出して、症状は、正真正銘のカゼですね。これから朝イチで医者にいって対応してもらいます。
病気は休みの日にしかしない。
と明言しているのに、月曜にかかってる。マズイですね。
今日はまた、経営者仲間が10人近く来て、私がもてなす大変な、いや、おもしろい日です。
■25日(金)あいかわらず、いろいろ動き回った1日
プロジェクトの打ち合わせと懇親をかねて食事を終えて1000すぎに帰宅。26日は早朝羽田発なので、さっさと爆睡。
■26日(土)再び博多へ…なんとか今週も終わる
26日は0400過ぎに起床して出張準備。
0500自宅を出て渋谷に。5時の渋谷駅は、けっこうな人がいて驚く。こんな時間に電車に乗っている人たちは、昨夜からの人なのか、今日、これから仕事にむかう人なのか……いろいろ考えているうちに品川、そして羽田に。
0625羽田発で博多へ
PCで仕事をしているうちに、博多へ到着。博多は今週2度目。
0850むかえの方が来られて、そのままセミナー会場へ。
すばらしい先端技術をもった企業の幹部候補生の養成セミナー。で、企画塾流の企画書を2回にわたって実践してもらうもの。1日はあっという間に終わる(1700終了)
1740ごろ、セミナーを運営しているスタッフの皆様と懇親会へ。空港むかいの「白水」という焼き鳥の店に……なんか、そんな名前の焼酎があったような……白水だけしかない店かな……なんて思いながら入ると、そうでもないらしい。
ビールで乾杯するまもなく、石飛さんが「ゴマさば」が、めちゃくちゃ美味しいですよ!……
と、おすすめ。博多は美味しいものが、山のようにあるが、この「ゴマさば」はすごいらしい。
さっそく頂戴する。美味い!…
それが、その写真。
ところで集まったスタッフの皆さんは、石飛さん、秋満さん、月成さん、吉次さん、という博多でバリバリ仕事をしている人たち。で、そのお名前は、一度聞くと忘れないような、お名前。はじめて聞く名前ばかりです。吉次さんは15年前に企画塾を受講していただいてたので名前はもちろん存じ上げてましたが、あとにも先にも吉次さんは、この方だけ…)
どこにでもいて、忘れられるような「高橋」って名前は、ほんとに名前負けだなあ…なんて思いながらの懇親会でした。
そうそう、ゴマさばの話がどこかにいってしまいました。
さばの刺身にゴマ、キザミ海苔、こねぎ、わさびがあり、もちろん博多の醤油。これをらんぼうに混ぜて食べるだけのシンプルなもの。しかし確かに美味い。
今週のハードワークが癒された1日でした。
とはいえ、今日は日曜日ですが、午後から来客が3件。
ちょっと準備をしておかないと……ってなことでやはり連休は、仕事ばかりになるようですね。
みなさんは、ゆっくりとお休みください。
産業は線型ではなく、構造的に変化している
■ 線型に発展していない産業
経済社会の発展につれて、第1次から第2次、第3次へと産業従事者数が多くなるという古典的な産業分類を、日本では長らく国家的に使ったことから、あまりに有名だ。
ところが産業構造が大きく変化し、最近の進展著しい新しい産業に、この産業の線型発展理論を便宜的に適応する人たちが多いのは問題だ。
たとえばファッション産業や情報産業に対して4次産業とか5次産業とか、単純な産業構造発展論を示す学者や評論家が多いことから実務を遂行する人たちに混乱を与えることにもなる。
1、2、3と発展するからもっと発展した形態は、4、5、6という単純発想では、見えるものも見えなくなる。
産業構造は、そんなに簡単な段階的発展をしているわけではないだろう。
ここでは産業分類について、私の提唱した三次元産業分類という考え方を紹介してみたい。高い感性に関わる産業や情報産業が、多少ともわかりやすくなるはずだ。ちょっと段階を追って説明してみることにしよう。
■ X軸産業(物財産業)の時代
図示のように生活が自然と一体化している時代は自給自足部族社会で、いわゆる先史時代だ。もっともアマゾンや西イリアンの奥地では、今なおそうした生活
も見られる。
農業が食糧の備蓄を始め、さらに大規模化して灌漑農業が始まる時代になり、国家が誕生する頃になると、産業は分業化が進む。
モノ、物財を中心とした自然からの採集や略奪としての生産。そして加工、さらに流通の産業分類は、この時代からはじまっていたのだ。
この純然たる物資の流れをX軸として位置付けてみよう。したがって、ペティ=クラーク流の第1次~第3次産業は、X1産業、X2産業、X3産業と表現する。
国家が誕生した時代から、産業革命を経て、工業社会が本格化するまで、ほとんどの産業従事者がX1に集中する時代が続いた。日本でX1従事者、すなわち第1次産業従事者が50%を割ったのは戦後(50年国勢調査では48.5%)のことであり、現在わずか6%程度だ。
1970年頃までの日本は、X軸だけを意識していればよく、メーカーはひたすら品質の向上と生産の拡大を念頭に努力し、販売会社はメーカーからの商品をひたすら売っては富を築いたのだ。およそペティ=クラーク流の、クズネッツの理論どおりに展開した。
■ X軸産業の成熟、停滞と付加価値型産業の発展
だがこの第1次~第3次産業への従事者数は、90年代初めには第3次産業が60%を越え、95年国勢調査では61.8%となっており、まず第3次産業になんでもぶち込む分類の再整理が必要になっている。
1960年代も終わりに近づくころ、日本にとって、米国はまだまだ技術的にも経営的にもはるか彼方の存在だったが、高度成長でそれなりに自信をつけた日本には、未来学ブームがおこり、ことに情報社会についての議論が多くなっていた。このころ日本では次々と未来学関係の出版が続いた。
※以下は注釈
●産業分類のはじまり
産業の発展段階説は第1~3次産業、つまり農林漁業、生産加工業、流通小売業と、あらかた分類できる産業分類がポピュラーだ。この第1~3次(Primary Industry, Secondary Industry, Tertiary Industry)というポピュラーな名称は、ニュージーランドのフィシャーによってつけられた名前だ。しかし概念そのものは古く、17世紀のイングランドのペティによって『政治算術』のなかで示されていた。コーリン・クラークは社会の発展とともに第1次、第2次、第3次と、産業の重心がシフトするという、発展段階を実証して彼はペティの法則と呼んだ。さらにクズネッツが肉付けしてクラークの名を冠し、ペティ=クラークの法則と呼ばれるこのことからペティ=クラーク=クズネッツの法則と呼ばれることもある。
●三次元産業分類について
三次元産業分類のコンセプトに関する初出資料は京都府委託事業『ハイタッチ研究所構想』(1983年)である。私の事務所が受託した事業は当初『ハイタッチ…』ではなかった。ファッション産業や、デザイン性の高い、また京都の高度な工芸なども含めた産業活性化について、描かねばならなかったが、この産業群のくくりが非常に困難だった。
その少し前にJ.ネイスビッツの『メガトレンド』に示された情報社会への10大潮流のなかにハイタッチという用語を拾い、この事業の冠にした。そしてこのハイタッチの位置づけを構造的に把握するなかでこの三次元産業分類が完成した。
なお、ハイタッチ研究所構想は『ハイタッチリサーチパーク』として京阪奈文化学術研究都市の一角に展開している。
一般書での初出資料は、以下の書に発表している。
高橋憲行著『時代の構造が見える企画書』
(1984年実務教育出版社)
■3日間の九州~関西から渋谷へ
月曜日に長崎にとび、佐賀へ、火曜には博多、そこでセミナーと月例会、事後懇親会を終わって、2300過ぎに新大阪へ。そして爆睡。
昨日水曜日(23日)は、大阪で午前にJMMOの説明会。午後にはJMIC月例会、そしてJMMOの月例会と続きました。
1800には事後懇親会をやって、2017発ののぞみで、東京へ。
なんか、スタッフと乗車のドサクサで別れてしまって、私だけその新幹線にのり、スタッフは後続の列車にのったようですが、私は一路、東京へ。で、2330ごろ帰宅し、0000過ぎに爆睡へ。
■多分野ケーススタディ
私が月例会で担当しているひとつに、Z塾でもJMMOでも「多分野ケーススタディ」というのがあります。
会員の皆様から、難しい案件を所定の書式に整理して持ってきていただいて、私が対応するというコーナーです。
写真上は、19日(土曜日)のZ塾のシーンですが、イワサキ経営の宮口さんが持ってきた案件に私が対応しているシーンですね。
写真下は、ゲスト講演をしてもらった企画塾OBで、いまや売れっ子のマーケティングプランナー・村山涼一さんの講演光景です。これは、20日にブログアップしてますが…
22日(火)の博多では、久留米の製麺会社の方の販促イベントの成果をあげるために、継続的なやり方をどうするか……という話に対応し、続いてご登場された大分の木津さんは、以前に課題で持ち込まれたクリーニング店の案件に、私が提案したクーポン付きカレンダーが、かなり効果を上げたという、非常にうれしいお話。で、木津さんのご努力の成果だとは思いますが、その後の対応をご提案しました。
大阪では、姫路の小野さんが持ち込まれた化粧品、岩盤浴のお店のたて直しをどうするか…ということで、これもちょっとひとひねりしたご提案をしておきましたが、半年後が楽しみです。
さらに続いてちょっと難しい飲食店の解決策を求められたのですが、ちょっと難易度が高い。
オーナーさんの個性が強そうで、しっかり聞いていただけるかちょっと心配でしたが、とりあえず正攻法で、1品の名物メニューをつくることをご提案しておきましたが、さて……
というように難題がいろいろ持ち込まれ、解決策をご提案するコーナーを私が担当しています。
1企業からのセミナーでは1日に、10人へ対応するようなケースが連日続くこともありますね。
■本日もおもしろい1日
さて今日(24日)は、ちょっとゆっくり目の5時半くらいに起床。ひと仕事のあとのブログアップです。
0800には、渋谷のホテルで朝食会です。
終わって書斎に人がたずねてきて1000からちょっと仕事をこなし、午後には、ケータイ広告の大手会社の本格セミナーの第1回目のキックオフが始まります。多分野ケーススタディの徹底した企業版ですね。
それが終わると夕方には、新事業の起ち上げに関連した会議が待ってます。これは難易度が高いのですが、まずまず勝算があるのですが、いろいろハードルを越えていかなければいけませんね。
帰宅して爆睡できるのは、何時でしょうか…
明日も終日、あさって土曜日は、0625羽田発で福岡に行き、終日セミナーで最終便で東京へ…これで今週は終わりますが、今日も含めてまだ3日間……ガンバロ!
■羽田~長崎~佐賀
4月21日(月)は、ブログアップして少々してから、渋谷駅へ。
0815ごろ過ぎだったので、山手線は通勤ラッシュ。ひさびさの通勤ラッシュ体験で品川へ。すぐに羽田行きの急行が来て、そのまま羽田まで。この間は仕事ができないので、本などを読んでました。
羽田へは、0810到着。航空会社がSNAだったので端っこまで歩くと、0920近くにカウンター。0935発なので締め切りギリギリ!……
まあ、いつものことですが……搭乗口に行くと最後の客。
で、バスに乗ってトロトロと長崎行きの航空機の駐機場まで行って搭乗し、座席に。
上空に行くとさっそくパソコンを出して、いろいろ作業。航空機は、待ち時間や離着陸時にPCが使えないので、ホントに不便。
ま、ともかくPCと格闘していると、あっという間にPC使うなというアナウンス。もうすぐ着陸へ。
大村の長崎空港についたものの、長崎はここからが長い。
バスに乗るものの揺れがひどくてPC作業はあきらめ。また本を読む。
『現代物理の世界がわかる』なんてな本を読んでましたが、私はあまりビジネス書をそんなに読まないので。ビジネス書を書いているというのに、編ですよね。でも事実だからしょうがない。
長崎に到着して、経営計画では、非常に著名な先生の事務所におうかがいして、いろいろ勉強をさせていただきました。
聞いていた話とご本人の話とでは、かなり乖離があり、やはりご本人に会ってお話するのは、大事だな……って感じたしだいです。
それと、第一人者の方は、さすがにオーラがありますね。
なんか財産をもらった感じで長崎駅に……写真の「かもめ」が発車する前にアチコチ電話をかけて、いろいろ調整。
ところで、JR九州の列車はどれもちょっと小ぶりでデザインがなかなかあったかいというかカワイイというか、写真はかもめの車内です。乗客がいないので、ちょっと気になりますがね。
ともかく1544発・長崎をあとにして佐賀へ。
こちらは九州ナンバーワンの会計事務所の所長先生に面会に。中国、大連にも事務所を持つ、非常に有名な先生です。
またまた勉強をさせていただくことに。
先生に佐賀牛のお店に連れていっていただいて、さらに情報交換。昨日は、勉強させていただくばかりの1日でした。
ホテルに帰って10時ごろには就寝。
今朝は、0400ごろからPCに向かって仕事。さて、そろそろ博多行きに乗らないと。
それでは失礼します。
■4月20日(日)なにも話さない1日
20日は、ほとんど家にこもりっきりで、5,6月に本格化させる企画業務をやってました。
よく考えると、ほとんど人としゃべってない。
しかも……自宅から一歩も出なかった。朝食は、軽いリゾット、まあ雑炊ですね。で昼食はインスタント食品にちょっと具材を入れてさっさと済まして仕事三昧。
夕食はひとり鍋をつくろうと朝は思ってたのですが、仕事優先で、ひとり鍋はなし、お寿司の宅配を頼んじゃいました。
で、この宅配寿司に電話したときと、宅配寿司のおにいさんが来てくれたときに「いくら?」って言ったのと「ごくろうさま」と言ったきり。
ですから、まあ、何語しゃべったのか、通算10単語、通算時間30秒くらいの言葉を発しただけの日でした。(いくら…はネタにひっかけてるわけじゃないですよ、オヤジギャグは好きじゃないのでね…念のため)
これって、最短記録かもしれない。なんて妙な日でしたね。
あ~、こんな日があるのは、いいなあ~なんて思いながら、とにかく仕事三昧の日曜日でした。
まあ、いつものことですが、ダラダラ仕事するか、ハードに仕事するかのどっちかですがね。で、本日、21日も早朝から起きて、もろもろやってるうちに、なんかブログアップしなくちゃと、このブログをアップしてます。
0800ごろに書斎を出て、渋谷~品川~羽田と移動して、まずは長崎に行きます。
こういうと、ことに女性の人は、ついでにグラバー邸に行くのかな……な~んて考えてくれますが、とんでもない。
仕事を済ませると、そのまま佐賀へ。今日は佐賀泊まり。
長崎への機中でどれだけ雑務をするか、長崎の大村空港から長崎市内までにかなり時間があるから、そこでちょっと雑務をするか…しかしあのバスは揺れるよなあ……なんて考えてます。まあ、ほんとにあきられてますね。まあビンボー症だからしょうがないでしょ。
というわけで、あと1時間後には出発。もう出発用意はできているので、万が一のために携帯アラームを設定して、これからもう一仕事です。
なんせ昔、仕事に集中しすぎて出発時間を1時間近くもミスしたことがあり、たいへんな大失敗をしたことがあります。ま、それはともかく、
それでは行ってまいります。
昨日は、PT研を中心としたZ塾の日です。セミナーがある日は、なにかとあわただしいですね。ま、慣れっこですが。
早朝に起きだして(まあ、いつものことですが…)進行中の新事業のスキームをいろいろ作り上げていて、一段落してコーヒーブレイク。で、ブログアップして、またまた仕事をして9時前、スタッフとコーヒーを飲んで打ち合わせ。その後、来客あり……と思ってたら、どうもリスケジュールしてのに、そのことを忘れてた!……ヤバい!
まあ、ダブルブッキングよりマシか……と、時間ができたことをとりあえず喜んで、雑務をこなす。
ランチを終えて、オフィスに戻ると、なんと20年ぶりの方が…!
おそらく前にお会いしたのは1990年前後。17、8年、ほとんど20年ぶりではないか……という再会。午前の弊社のセミナーにご出席いただいていたとのこと。その後、ご用があるとのことで、ご挨拶程度で終わりましたが、連休後くらいにまたお会いすることで失礼しましたが、なつかしい人が尋ねていただくのは、嬉しいことですね。
■10年ぶりの方もご登場
Z塾には、ゲスト講演のコーナーがありますが、講師は、村山涼一さん。著書にパワーコンセプトの技術 (講談社BIZ) や、最強の戦略は「図」で立てる (PHPビジネス選書) など、10冊以上の本を書いている売れっ子のマーケティングプランナー。あえてマーケティングプランナーと言うのは、最近、マーケターと称する人にあやしげな人が多いのでね。
村山さんは20年前に、企画塾で勉強してました。ご本人は講演後の懇親会では、企画の勉強しないで、ボクと酒ばかり呑んでた……って話をしてましたが、1990年くらいの塾生さんなので、3期目かな。
いまMP(マーケティングプランナー)養成講座をやってますが、これは2003年ごろから始まったもの。それ以前の1988年からスタートした「企画塾」は通信教育と添削交流会という、いまでいうオンラインとオフライン的なやり方をしてましたか。
1990年ごろだと、企画書を書くと言っても、たぶん手書きかワープロの時代ですよね。当時の村山さんの課題はどんなのだったのだろう……なんて思いながら講演を聞いていました。
コンセプトメイキングのお話を中心に、なかなかパワフルで、みなさん非常に参考になったと満足しきりでした。
村山さんとの付き合いは、塾生としてよりも、おそらく彼が講談社時代に、私の書籍で「企画書として読む日本国憲法」「高橋憲行の企画書」という2冊を講談社から出版してて、きっとその打ち合わせがてら来社してもらってるときに、呑んでたのでは……
その後も彼の結婚式にも出席したりしてましたが、この10年くらい、ちょっとご無沙汰でした。「便りのないのはよい便り」という格言のとおり、そうとうに頑張っておられるわけで、すばらしい再会でした。
■さらに10年ぶりの方が、もうおひとり
10年ぶりの方は、村山さんに限りませんでした。りそな銀行の「お客様サービス部長」(一般の銀行では支店長)となった井上理律子さんも、10年ぶりくらいに再会。企画塾流の企画書や提案書があって、社内的に非常に評価されていただいてますと、企画塾を、よいしょしていただきましたが、話半分でもお役にたってるとうれしいですね。
皆さんの、ますますの発展を祈ってます。
村山さんの講演中に電話がかかってきて、とあるお店のママさんから「えらい人が来るので、パーティになんとか出席してほしい…」という話。
■さらに深夜近くまで……
そこで、盛り上がっている懇親会を失礼して、別のパーティへ。
そのえらい大先生は、先日、大阪の「くいだおれ」にも連れていっていただいた方でした。どのくらいえらいか……っていうと、日本には神道の分派がいろいろあるのですが、出雲や伊勢は別格として、13くらいの神道を束ねている管長さんなのです。
お寺でいえば、末寺をゴマンとかかえる曹洞宗でいうと、総本山の永平寺か総持寺の管長さんクラスですよ。雲の上の人って感じですかね。
なにやら私は飲み友達にして頂いてて、たぶん80才を超えておられると思うのですが、私の著作も読んでおられるらしく、いろいろ私の著作の中身の質問をしてこられるのですよ……それもすごいが、呑む量もかなりのもの。
で、さらにもう1軒行くことに……
神道の思想と、エコ思想との共通点で盛り上がりました。
1軒目の懇親会では、話しててあまり食べてなくて、2軒目のパーティは、みんな食べ終わっててできあがってた感じで、3軒目は神道とエコ談義。深夜近くに帰ったら、ちょっとおなかがグー。
空腹には耐えられずに冷蔵庫を見ると、出張前で冷蔵庫は順次カラにする習慣があるため、めぼしいものはない。
で、冷凍庫をあけると、「おお!……よくぞいてくれた!……」ちょっと大ぶりのホッケが……
というわけで、ホッケをレンジで温めて秘伝のにんにく醤油をかけて、やはり、ちょっとカタめの寝酒をのみながら、1日が終わりました。
「神道」のあとで「法華」だと、大大先生に宗旨替えだと怒られるかも。
■今日から出張モードです。
私の出張は、たいがいぶっ続けで、1週間なんてのが多いのですが、まあそれは習慣なのでね。
皆さんは、あまりマネをしないで下さい。しようものなら後で寝込んだり、あの世に行ったりしますから。
5時~9時、9時~5時、5時~9時、と、1日3回を使い分ける話をしたことがあると思いますが、出張の時はそうはいきません。
来週の出張もにらんで本日は、3時半くらいに起きて、ひと仕事をすませてコーヒーブレイクなのですが、まだ暗い。
この写真は、5時前、4時45分くらいの新宿副都心ですね。
昨日アップした雨の副都心と緑の副都心と比較してもらうと、まだまだうすくらいですね。
いまブログを書いているのは5時10分くらいですから、ちょっと明るさが出てきましたね。もう少しで日の出の時間です。
■出張の日程
出張の日程その他は、現状で前後も含めて、おおよそ以下のようなものですね。
■19日1000来客あり、プロジェクトのツメを行う。
1300からセミナー。1400からボクの担当。1700以降にはかなり以前にいろいろお会いしていた方とセッティングされているらしい。
■20日1000来客あり、午後にも1件。他の時間は今日も含めて懸案の山積みの企画事項を処理する。夜は、ひとり鍋ですね。
■21日早朝からひとしごとして、0930頃、羽田から長崎へ。大村の長崎空港から市内までけっこうかかるんだな。これが、で
1300ごろからお客様とお話。長崎から佐賀に移動して1700頃から佐賀のお客様とお話。そのまま懇親会突入か……
■22日は博多に移動し1000からセミナー、1300からは月例会が開始。
1800終了して、懇親会後2100近くの新幹線で大阪へ移動。到着は2400ごろでしょうから、ホテル到着即刻爆睡。
■23日は、0500ごろには置きだして仕事。1000にはセミナーがあり、博多同様に1300から月例会で1800懇親会、そして2100近くに新幹線で一路、東京へ。やはり深夜に渋谷帰宅で爆睡。
■24日は、身体の様子をみながら、起き出してひと仕事。で、
0800お客様が宿泊している渋谷のホテルへ行って朝食会。もどってちょっと一仕事をすると、汐留に1300からクライアントのセミナーがスタート。これが終わると重要な企画案件の相談をうけており、その会議に出席して、おそらく懇親会か…
■25日は、1000にはセミナー開始、1300から月例会。で、さらに懇親会には、とりあえず出席。
早く切り上げないと、ちょっと大変かも。なにしろ翌日の土曜日が大事なひと仕事。
■26日は、羽田0625のJALで博多に直行。1000から商品、事業を含めた企画のセミナーが開始。1700か1800まで続きます。2度のセミナーの最初ですね。で、終わると懇親会がセッティングされており、最終便で東京に帰ります。
深夜に渋谷着、即爆睡コースですね。
5時~9時、9時~5時、5時~9時、の1日を3日使うのは、出張時にはなかなか使えませんから、出張時はとにかく、交通機関の上で仕事をするのがわたし流です。そうしないと出張時の時間は、非常にムダが多くなります。
さあ、それから連休なんだ~~
となればいいのですが、27日は、日曜日にもかかわらず、もう来客が3件もあり、これから連休中は、続々入ってくるでしょうから、まあ、時間ビンボーは、私のビジネススタイルらしいので、これはしょうがないとあきらめるしかないですね。
でも、私の出張、マネしないでください。
いままで1週間全日私の出張につきあった人は20代30代であれ、たいがい翌週は、ほとんど使い物になりません。
週半ばで疲労困憊したスタッフは何人も見ているので。
徐々に慣らしペース配分をちゃんとできるようになってからやることです。
くれぐれもマネしないようにお願いしますね。
ブログアップしているあいだに、かなり明るくなってきました。
もうすぐ日の出の時間ですが、ちょっと曇ってますがね。
みなさん、今日も仕事がんばってください。……おっと、土曜日ですね。失礼しました。お休みの方は、のんびり鋭気を養ってくださいね。
■今年の4月は、雨ばかり
今年の4月は、ほんのわずかしか4月らしい日がありませんね。
早朝からひと仕事を終えての東京の空です。下の写真を見てもらえば一目瞭然。副都心は雨にかきけされています。
桜も3月末にピークになってしまい、雨また雨。これって記録的なんじゃないのでしょうか。
今日も150ミリくらいの雨が降るらしく、これは台風並みかも。ちなみに雨量が150ミリとは、ビールの大ジョッキを外においておけば、満タンになるくらい、15センチの量の雨がたまるってわけですから、かなりのもの。ジョッキにビールなら私もわくわくしますがね。
いまどきは、中国産の酸性雨ですからね。
薄いアタマがさらに薄くなるような怖さがありますよ。
本日からセミナーウィークです。
連休前まで26日(土曜日)まで、連日、セミナーとその後の懇親会が各地を移動しながら続きます。スケジュールのない20日の日曜日も、懸案事項満載。
世の中、もうすぐ連休らしいのですがね。
ふつう、連休というのは、休みが連なるから連休なわけですが、私にとっては連休ってのは、いつごろから仕事の遅れを取り戻せる、ありがたい日々になったのでしょうか。
雨をながめて、ふと思ったような次第。いったいいつ連休に休んだことがあるか、思い出せないまま、仕事に戻ります。
■電話が通じない……海外か?、入院でも?
用件があって電話が通じない、数日置きにかけても通じない。誰か他のなかまに電話して聞いてみようという矢先に電話がかかってきました。
NBC(ニュービジネス協議会)という会合に私は参加しているのですが、交流委員会というのがあって、なぜか夏合宿イベントを3人にまかされ、私はその一人なのですが、あとは美人社長2名。そのお一人に連絡をとってたのですが、つながらないので、海外にでも行ってるのかと思ってた次第。いろいろ出張ほかご多忙だったようでした。
入院などしてなくてほんとによかった。最近は若い人でもいきなり訃報が来るので、連絡がないとなにやらいやな予感がいsますよね。縁起でもありませんが……
今日も午後にその美人社長お二人も含めた企画会議があるので、ま、そこでお会いできますか……
■驚きのサーサイ
その美人社長が、以前、ホームパーティでザーサイを持ってきていただいたのを思い出しました。ブログにアップしていたと思ってたのですがアップしていないようなので、今回はその驚きのザーサイです。
ザーサイといえば中華に行くと定番ですが、普通のザーサイは、黄色い系統の色合いですね。ところがこのザーサイは、非常に浅いグリーンですね。新鮮なタイプなのでしょう。
中華料理に詳しい人には、さして珍しい話ではないかもしれませんが、私はちょっと驚いた次第です。
そのまま食べても美味しい。しかしせっかくなのでちょっとひと工夫。
にんにく醤油に、ちょっとゴマ油を加えて味付けをして、大場をのせてみました。普通のザーサイトは一味違ったもので、ホームパーティの際に、けっこう皆さん、よろこんで食べてましたね。

■牛で常夜鍋?
昨日は、日曜日(4月13日)。多少、のんびり目の仕事の日です。
起床もゆっくり目で6時ごろに起き出して仕事モード。原稿をひとつ仕上げて7時半からは8チャンネルの「報道2001」を、ひさしぶりに見る。
おっと竹村健一さんが出ていない。かなり長らく竹村さんを見ていたからスタッフ構成が奇妙な感じ。まあ数ヶ月で慣れるかも。そう言えば竹村健一先生、10年以上も会ってない。
昔は雑誌での対談もやったり、なんの番組か忘れたが、ラジオで対談したこともあった。
赤坂の事務所に行ったことがありますが、彼の部屋には本が積まれている、その状況に驚いたことがある。なんせ数千冊もあろうかという本が、本棚ではなく、ただ積んであるのだ。床から壁にむかって積まれた本の断面は、放物線の感じで雑雑と置かれていた部屋に案内されたの驚いたことがある。
私の部屋もかなり乱雑だが、いまだかつて、あの部屋以上にすごい部屋に入れてもらったことはない。
しかし、これもオープンファイルか……私の場合もオープンファイルだが、相当に違うものの、あの乱雑な積み方の中にも彼流があるのかもしれないと思った次第。
なんて思い出しながら朝食を食べる。
白米で食べてこんなに美味しいごはんはあまり食べたことがありません!
「会津継承米」って会津のこしひかりです。もう、たまごかけごはんだけでOKという食べ方をしてしまいました。お味噌汁とね。美味しい朝ごはんは最高ですねえ。
また、仕事モードに入ると、あっという間に11時。
来客を迎えて仕事のお話。そのままランチにいっしょに……
13時前には書斎にもどり、再び仕事モード。
16時ごろ、気分転換と、夜の来客用の食事の買出しもかねて、渋谷の街に出る。あいかわらずの賑わいだが、もっと春めいている季節だが、残念ながら今日の気温は3月初旬なみ。
18時になると半分仕事モードの、いやいやかなり仕事モードの来客。
で、常夜鍋を牛でやってみることに。
常夜鍋は、豚でやるのが常識で、よく考えてみると豚以外を使ったことがなかったので、思い切って牛を使ってみることに。
ちょっと常夜鍋のコンセプトにははずれるかも。
しかし組み合わせでどんな味になるか試してみたいこともあって牛を使ってみる。しかしイマイチ。
こういうテストをしてみると、ホントに常識というものはすごいものだと思
う。なぜ常夜鍋は豚なのかが、昨夜はよく理解できましたね。
ま、ともかくイマイチといっては、そこは牛。ほどほどにイケました。
ところで私の常夜鍋は、数年漬け込んだニンニク醤油で、根菜を煮込んだ上にほうれんそうを敷いて、やわらかくなったかげんで肉をからませて食べるという作法。
ま、味はともかく、お客様とは楽しい会話が続きましたから、食事よりも会話ですね。
そして最後は、雑炊に……
ところが話がはずんで、ちょっとタイミングが遅れて煮詰まりすぎましたかね。
これも朝の「会津承継米」、で、いま仕事をしかけている新事業は「事業承継」。
なんかの縁ですね。
トッピングはみつばとキザミ海苔でした。
21時ごろ解散して22時ごろには、いい眠りにつけました。
■古い著作に、こんなものが!
■通が通うモツ料理「はがくれ」
私の事務所の近くに、モツ料理屋さんで「はがくれ」があります。もう20年は通ってますが、昔は6時前に入らないと開店即超満員状態になるという人気店で、人を紹介してつれていくと、なんと、その紹介した人が友人たちと来店してて、私は入れない……なんてガックリした経験を何度もしたお店です。

場所は青学西門に近い246から一筋入った、なにやらさびしげな場所で、しかも急階段を2階に上がらねばならないという店舗。まず一見は入る雰囲気はありえない店ですね。
この急階段。私は、落ちた酔っ払いを何人か目撃し、店の中から落ちてゆく大音響も何度も聞いたことがある階段です。
そんなことがあろうとも他にはない品揃えと鮮度が魅力なのか、いつ言っても満員状態。
出るネタは、モツのオンパレード。ちなみの私は、テッポー、ハツ、レバー、コブクロ、つくね、ねぎ間、カシラ、ナンコツなどとともに、珍味のさしみのミックスなどを頂戴しますが、昨夜はその大半を出していただいて、たんのうしていました。
■呑んでも企画
まだ20代の若いビジネスマン2人と一緒だったのですが、30歳代でIPOでもしそうな、ビジネス感覚があり、知識も豊富でコミュニケーションができ、礼儀正しいという。……いわゆる「いまどきの若者」とは、そうとうに一線を画した人たち。
年齢を超えてもいろいろな話をできる人は、ビジネスでも、なんでも大成できますからね。
成功者の条件のひとつに若い時代に「老人キラー」が得意なことが挙げられます。「老人」って言葉が嫌いな人は「年配キラー」とでも呼ぶことにしてください。
年配の人と、いくらでも話しこみ、ときには使い走りもする。
かくいう私も20代のころに、老人キラーと呼ばれていましたがね。でも「成功」には、ほど遠いから、私は例外になるのかなぁ……
ま、ともかく有能な老人は、人脈、知識は、ものすごいものがあります。ひけらかすこともありません。さらに人を見る眼力も、すごい。
若い人で成功した年配者と会えることも、その人の眼力の範囲内に入っているわけですから、あるハードルは越えてるわけですね。
一方、難しい若い人で勉強しない人は、論外として勉強好きな人(ペーパーワーカー)が、その範囲に入っていけないことが多いようですね。
勉強は好き、現場はイマイチ、コミュニケーションがイマイチ。緊張するとかとまどうとかで、空気に入れない。なじめない。だから勉強に突入する。ペーパーワーカーになっちゃう。
勉強は現場、現実と並行でないと意味がありません。
「売上増ノウハウ」なんて勉強するのはいいのですが、やはり現場が重要。現場の空気で、同じノウハウが適応できないことだってありますからね。
■呑み方も企画
人の呑み方にも、いろいろありますね。
呑むのは、ストレス発散……って考え方もありますが、呑んでも企画って考えもありますよね。同じ時間を使ってるんだったら、明日に使える呑み方をしたほうがいいんじゃないでしょうかね。
失礼ながらダメな人はいませんが、曲げてダメな人という表現を使うと、ダメな人たちは、類友(類が友を呼ぶ「ルイトモ)」でしか呑まない。同じ人だけとしか呑まない。フリーターはフリーターとしか呑まない。サラリーマンは上司や経営者と呑むときは、いきなり緊張状態で呑み、部下と呑むと、えらそうになって同僚と呑むとハチャメチャ。
これでは、いい話ができないですよね。人脈は得られない、人脈は金脈そのものですからね。ビジネスの速度が違ってきますよ。
将来が光って見える人は、しっかりオーラもあって、呑みがいがあるというものです。
まあ、わずか2時間のなかで呑むほどに、私は彼らとのビジネスのシナリオが、相当量のパターンで見えてきましたが、その数分の1か、10分の1くらいに鋭く絞り込んで、ちょっと組み立てなくっちゃ。
という気分になってきました。
■「くいだおれ」に行ったばかり、閉店とは!…
4月3日に大阪名物の「くいだおれ」に行ったばかり、4月8日に、閉店のニュースが!……で、9日には、飲食店の閉店では珍しい記者会見が行われたようです。
女将(おかみ)の柿木(かきのき)道子会長さんも、3日には、宴席に出て頂いて、ちゃんとご挨拶いただいたのですが、そのときには、そんな話のかけらもありませんでしたが……ほんとかな……と、関西の人たちに調べていて皆様へのコミュニケーションは、遅くなりましたが、ホントらしいですね。
道頓堀の超・名物が消えるのだそうです。大阪の人たちには、かなりショックなのでは。
日本全国の人も、この写真の人形「くいだおれ太郎」は知っているでしょうね。道頓堀ですから阪神がフィーバーしたり、関西でなにかあると、この写真や映像が流れてますからね。
ご他聞にもれず、この長い平成不況のなかで、客層の変化や客単価の下落で、きびしい状況にもあったという話も、もれ聞こえてきます。
創業60年になり、区切りとしても閉店を決めたとか。7月でこの「くいだおれ」はなくなるそうです。
それにしても、くいだおれの会席料理は、非常に上品で大阪というよりも京料理のような繊細な感覚でしたね。食器も盛り付けもじつにすばらしいもので、板前さんの腕に感嘆しきり、それはそれは美味しく堪能しました。私の料理とは、真反対のテイストですね。
あまりに素晴らしいので、ちゃんとメニューも持って帰ってました。
「卯月の“味めぐり”御献立」と称して、桜の花のサワーからはじまって、最後は水菓子まで12品の芸術品。ホント勉強になりました。
あまりに美味しいので、熱燗をそうとうに呑みましたが、料理の上品さに対して、呑み方は下品だったかもしれません。
それにしても残念ですね。
■「相続式」という式典?
相続式……なんて、みなさん聞いたことはないでしょうね。
実は、世界最初(たぶん)に私が仕掛けたものですが、これは2004年の秋に、青森県八戸の古玉先生の八戸経営会計事務所40周年記念事業にあわせて、行ったものです。
相続に伴う、トラブルが近年、非常に増えています。殺人事件すら起こるくらいで、兄弟が親の財産を狙って、血みどろの争いを繰り広げることも多々あり、関わる弁護士や会計事務所も大変です。
この相続を、事前に円滑にしてゆこうということも含めて、相続式を提案したわけですね。そこでモデルとして古玉先生にお願いしたところ、快諾し
ていただき、世界初の式典が行われました。
写真には、400名もの人が集まっています。
私は、この会の発起人という立場と、相続を見届ける役割の「立会人」というふたつの役割を担ってお手伝いをしていましたので、写真にあるように登場しています。
■相続式プロジェクト
じつはいま、相続式を本格化させるためのプロジェクトをやっているところです。
ホテル・旅館・結婚式場などは、少子化・晩婚化・非婚化・ジミ婚化という四重苦と、ハウスウェディングの台頭で苦戦を強いられていますが、これらの対策にもなるのです。
結婚式で100人集まるのは、そう多くありません。会費制の北海道と沖縄くらいでしょう。対してこの相続式には、400名もの人が集まります。地域にもたらす波及効果もバカにならないのです。相続式に集まる人たちは、名士、資産家、事業家など、そうそうたる人が集まることになり、2次会にも繰り出すと、飲食店などは、非常に込み合いますね。
実際に、この日の夜は、我々も打ち上げをやる場所を何度か探さなければならなかった状況でした。
10月には、事業承継税制の改正が行われます。非上場株の相続税は、軽減幅が80%になるなど大幅な改正で施行されます。事業承継と相続、そして相続式は、密接に関係します。
さてさて、どうなりますやら。
その他、同時並行で新規プロジェクトをいろいろやってて大変ですがね。
またご報告しましょう。
ご興味のある方は、ご連絡いただいてもいいですよ。
ではまた仕事にもどります。

